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トドメを刺してと君は言う【前編】 8
翌朝。
目を開いた瞬間、自分が寝坊したことを確信した。
無言電話のせいで携帯の音全部切ってたから…アラームも鳴らなかった。最悪。馬鹿すぎる。
部屋の時計を見ると本来起きようと思っていた時間の2時間後だった。
眠気まなこでリビングに向かうと、当たり前だが爽の姿はなかった。もうすでに家を出たようだ。
「そりゃいないよね……あーもうっ俺の馬鹿…!!会えるチャンス自分で潰してんじゃん…!!」
頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜて項垂れていると、ダイニングテーブルに俺の分の朝食が用意されているのが見えて驚いた。
嘘っ……
爽…お料理苦手なのに…俺のために朝から頑張ってくれたんだ…!
そう思うだけで胸がギュッと苦しくなる。
そして同時に、思い出す。
やばい、お弁当渡せなかった…!!
今日はもっと早めに起きていつも通りお弁当を渡す予定だったのに…!昨日モヤモヤしてすぐには眠れなかったから…起きられなかったのはきっとそのせい。
時計を見ると、9時を回っていた。
俺は少し考え込んで、"よし!"と呟きキッチンに向かう。
今日の講義は午後からだし、今からお弁当を作ればお昼までに爽の会社に届けられる。
もし、いらないって言われたら…まぁ、その時はその時だ。
うん、やろう…
迷ってるなら、思い切ってやっちゃおう!
冷蔵庫を開けて、お弁当用に作り置きしている料理と、今から調理する食材を一気に出す。
お弁当箱を広げて、準備オッケー。
さぁ、ちゃっちゃと作りますか!
爽は毎日俺のお弁当をとても楽しみにしてくれている。それこそ、毎回食べてからメッセージをくれるくらい。
"美味しかったよ"とか、"いつもありがとう"とか、文章自体は短いけど、もう…それだけで作った甲斐があったなって思えるの。そのやりとりが俺もすっごく嬉しくて…毎日の楽しみのひとつ。
そんな爽が、寝坊した俺を咎めるでもなく…むしろ俺のために朝食まで用意してくれた。
俺なんかより爽のほうが、ずっと忙しいのに……
爽ってどこまでいい男だったら気が済むんだろう……。あんないい男、普通いないもん。
考えれば考えるほど、俺が爽の許嫁なんて…釣り合って無さすぎて笑っちゃう。
俺は手際よくお弁当に食材を詰めていく。自分だけなら冷凍食品オンパレードで全然いいけど、普段忙しくて栄養が偏りがちな爽には出来るだけ身体に良いものを食べてほしい。だから、爽のお弁当を作るようになってからは、全てを手作りの料理にしている。
作り置きした食材を詰め終わり、俺は卵焼きを作りつつ、隣の小さな鍋で唐揚げを揚げる。
爽と一緒に暮らすようになって、俺はグッと料理がうまくなった気がする。同時進行もお手の物。
やっぱり、食べてくれる人がいると料理って上達が早くなるのかな。
少し冷ましてから全てを詰め終えて、最後に彩りのプチトマトを乗せる。
うん、今日も完璧。かわいいし、美味しそう。
やばーい!俺、めちゃくちゃ許嫁っぽいことやってるかも!
蓋を閉めて、保冷バッグに入れて一丁上がり!
身支度を済ませ、爽が作ってくれた不恰好だけど愛たっぷりの朝食を食べる。たぶん、目玉焼きを作りたかったんだろうけど…これはもうほぼスクランブルエッグだ。
頭良くて、要領良くて、家事だって教えれば何だって完璧にこなしてくれる爽の……唯一の弱点が料理。それなのに、俺のために必死な顔して作ってくれたんだろうな…と想像したら、思わず泣きそうになった。
嬉しいし、かわいいし…もうダメだ。
俺の許嫁、最高すぎるでしょ…!
なんだか、朝から胸がいっぱいになってしまう。こういうお互いの優しさの積み重ねで…"結婚生活"ってもんは成り立つんだろうなぁ…なんて、しみじみ考えてしまった。まぁ、俺たちのこれはただの"同居生活"だけど…根本は同じでしょ?
朝食を終え、食器を洗い、着替えを終えてからバッチリ歯を磨いて…俺はお弁当を持って家を出た。
俺たちの住むマンションは都心の一等地で、爽の会社とも俺の大学ともすごく近い。お互い電車で一駅だけど、逆方向だからこの駅で降りるのは初めてだ。
俺はキョロキョロしながら、携帯片手に爽の会社に向かう。
オフィス街に学生の俺はちょっと浮いているのか、周りを行き交うスーツの大人にジロジロと見られる。と言うか、何人かに指もさされた。大学でもここまで好奇の目で見られる事はそうそう無いから、めちゃくちゃ居心地が悪い。
俺、そんな変なのかな…?
半分諦めてお構いなしに前に進むと、爽の会社の大きな看板が見えた。
「わかってたけど………超おっきい……」
正面入り口に向かって歩いていくと、俺はいよいよ目立つようで全身に視線がまとわりつく。
まぁ…こんな大人しかいない場所に俺みたいな子供が歩いてたらおかしいのか。俺たまに中学生に間違われる時もあるしなぁ。
うわ、自分で言ってて悲しくなってきた…
自動ドアを通り抜けると、正面の受付に見たこともないような綺麗なお姉さんが二人座っている。すごい……これが一流商社の受付嬢……めちゃくちゃ美人だ。芸能人みたい。爽…毎日こんなすごい会社に通ってるのか…ほんとに、俺とは住む世界が違う人なんだなぁ。
さっきから爽にメッセージを送っているけれど、一向に既読にならない。考えてみれば仕事中なんだから、携帯を見られないことも想定しておくべきだった。
やばい…お弁当渡せないかも。受付のお姉さんに聞くべきかな…?でも、なんて言えば?
『樋口 爽の許嫁です!』って…?
おかしいだろ。
改めて考えてみれば、
俺って………爽にとって何でもない存在なんだ……ただ親同士の仲が良くて、その延長でルームシェアしてるだけの……赤の他人。
そう思ったら無性に悲しくて、こんなところまでノコノコお弁当届けにきてバカみたいだと思えてきてしまった。
ついテンションがあがって、こんなアクティブなことしちゃったけど…男が男に手作りのお弁当届けに来るって…もしかしたらものすごく迷惑…?
やば………
俺、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん…
なにしてんの…?
周りからの視線は相変わらずで、ざわざわと騒がしい。もう帰ろうかな…と出口に向かおうとした瞬間、
肩を掴まれた。
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