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シルクハニーの死にたい理由【前編】1

※スピンオフ(恭介×要)のお話です。 小さい頃の記憶はどこを切り取ってもいつも同じ。 常にお腹が空いていて、とんでもなくボロボロの服を着て玄関に座っている。両親は所謂ネグレクトタイプで、働きもせずずっと家で酒を飲んでいた。 祖父母どころか親戚中に煙たがられているような…そんな家。助けてくれる人なんて誰もいなくて、それが当たり前だと思って生きてきた。 もちろん、逃げたかった。 だけど、逃げられなかった。 俺が現実から逃げず、このクソ両親を見限らず必死に立ち向かったのは、年の離れた妹がいたからだ。妹がいなきゃ俺はとっくに親を見捨ててた。護るものがあったから、俺は強くいられた。 中学に上がった頃からバイトを始めて、大学を卒業するまで稼いだお金の全てを両親の借金の返済と生活費に充てた。 毎日、学校以外の時間は朝から晩まで必死で働いた。それでも生活は一向に楽にならなくて、身も心もボロボロだった。それでも、妹のことを思ったら俺はいくらでも頑張れた。妹にだけは俺と同じ苦労をさせたくない。その一心だった。 大学4年の夏、コツコツと続けていた就活がやっと実を結び、無事一流商社に就職が決まった。 やっとの思いで大学を卒業した俺は、就職と同時に親に絶縁を告げて、妹を引き取った。 すると、生活水準は一変した。やっと親の呪縛から解き放たれて妹と2人何不自由なく暮らせて、人生で初めて生活に余裕ができた。 生まれて初めての、お金に困らない日々が始まって……やっと幸せになれると思っていたのに……… 俺はとんでもない過ちを犯す。 それは、 選んではいけない女性を恋人に選んだこと。 いや、正確に言えば俺は選んでない。成り行きに身を任せただけ。 大学を卒業するまでは、生活するのにとにかく必死で…彼女どころか友達すらまともに作らずに生きてきて……俺は恋愛偏差値が著しく低かった。初めて好きだと言ってくれた女性を……"拒む"と言う選択肢すらなかったんだ。 その結果、考えられる中で最悪の事態を招いてしまった。 俺はここから3年間も、彼女に利用されまくる生活に落ちる。デート代やプレゼント…さらにお小遣いと称して多額のお金を払わされるのはもちろん、いつ何時呼び出されても必ず車で迎えに行くことが義務だった。例え、夜中であってもだ。 それまでは親に散々利用されて、初めて出来た彼女にさらに利用された訳だ。 最終的にどうなったかって……? まぁ、お察しだよな。 俺は、3年付き合った彼女に盛大に捨てられた。 3年も一緒にいたのに、一方的に別れを告げられ勝手に連絡を断たれて、その上……… 彼女との結婚資金にと貯めていたお金も、妹のために積み立てたお金も…丸々すべて盗まれた。 結果一文なしになって、俺は妹と共に同僚で友人の樋口 爽(ひぐち そう)の家に避難せざるを得なくなった。 爽は俺の話を聞いて、嫌な顔ひとつせず俺と妹を何ヶ月も家に置いてくれて…その間ずっと金銭的にも精神的にも支えてくれた。 もう、いい奴…なんて言葉じゃ括れない。爽は命の恩人だ。爽がいなきゃ、俺も妹も完璧に路頭に迷ってた。 爽の家で生活し、お金を貯めながら俺は何ヶ月も健気に彼女を待ち続けた。 誰から見たって………本当に間抜けだった。 その後、ようやく連絡がついた彼女は俺になんて言ったと思う…? 『アンタバカじゃないの……?私結婚するからもう二度と連絡してこないでよね……迷惑だから』 これが彼女の、正真正銘最後の言葉。 俺はこの日、間違いなく人生で一番傷つき、一番泣いた。 結局彼女はあっさり別の男と結婚してしまい………お金も戻ってこず……その挙句、この捨て台詞だ。 ひっどい女だって思う? もちろん俺も思ったよ? それでも、一度は結婚を考えた相手。 心の底から憎むことなんて出来なかったし、そんな資格最初から俺にはなかった。 だって、彼女が最初からお金目当てで俺と付き合っていることはわかっていたんだ。 彼女とは、職場の先輩に人数合わせで誘われた合コンで出会った。彼女が俺の、"一流商社勤務"という肩書きに惹かれて交際を申し込んできたこともわかっていたし、俺もそれを知ってて流されたんだから同罪だ。 つまり、始まった時からお互い、恋とか愛とか…そんな綺麗なものじゃなかった。 それでも長く一緒にいれば情も生まれるし、少なくとも俺は彼女のことを"好き"ではあったと思う。付き合ってる間一度だって浮気なんてしなかったし、ちゃんと精一杯尽くしていたつもりだった。 俺にとって彼女との関係は、真面目な"恋愛"に発展したと思っていたけれど……結局彼女にとっては最後まで俺はただの金ヅルだったらしい。 だから…俺の実家が貧しいことや、両親のイカれっぷりを知られた時、いつか彼女は俺の前からいなくなるんだろうな…とは思っていた。 まぁ……貯金を丸ごと持ち逃げされたのは予想外だったけど。 妹は女の勘で最初から彼女のヤバさに気づいていたらしく……俺が彼女に振られた時、散々「だから言っただろ」と責められた。 けれどもう……後の祭り。 こうして俺は、もう二度と恋愛なんてしてたまるかと……… 誰から見たって超絶かる~い男になる道を選んだ訳だ。 だって、誰にでも軽い態度でいれば…誰も俺なんか本気で相手にしないし…俺も本気にならずに済むでしょ? 俺には、これしか自分を守る手段が無かった。 こんな"殻"しか思い付かなかったんだ。 それから2年。 俺はついに、 人生で初めて、"この人だ!"と思える人に出会ってしまった。 恋愛なんて二度としないと固く誓った俺の決意を……一瞬で粉々に砕くほどの相手に。 だって、運命だって思ったんだ。 "彼"は俺に似ていたから。 仕事終わり、インターホンも鳴らさずに部屋に入ってきた俺に、まさかのお咎め一切無し。合鍵を勝手に持ち出されることにももうすっかり慣れたようだ。 相変わらず部屋の中は濃厚なムスクの香りで満たされていて、あまりのいい香りについつい深呼吸したくなってしまう。 まぁ、いい匂いなのは部屋だけじゃないんだけど…あんまり嗅ぐと怒られるから…必死に欲望を抑え込んでます。 ぐったりとテーブルに突っ伏していた家主は、ノソノソとゆっくりとした動きで顔をあげる。俺と目が合った瞬間、張り詰めていた糸が切れたみたいに気の抜けた表情に変わった。 完全にオフの状態だ。 「………恭介…」 「かなぁ~!たっだいまぁー!」 「………ここお前の家じゃねーんだけど…」 「えー?知ってるよ?」 「………チッ……まぁいいや……お腹すいた……なんか食べたい」 「ん~?なにがいいの?パスタ?ラーメン?チャーハン?」 「……なんで全部ガッツリ炭水化物なんだよ……俺は部活終わりの男子高校生か……」 「だって、かな絶対今日なんも食べてないでしょ?俺作るからちゃんと食べて!」 「……ヤダ……お前料理下手じゃん……出前でいい」 「えー…また出前?たまには俺に作らせてよ~俺がんばるからぁ~」 「……んー……」 いつになくしょんぼりした声で話す美人に、ついニヤニヤしてしまう。言葉に覇気が全くなく、戦闘力は普段の5分の1と言ったところか。どうやらかなりお疲れモードらしい。目の下のクマがエグい。テーブルの上にはおびただしい数のデザイン画が散らばっていて、相当煮詰まっているのが手に取る様にわかった。 デザイナー志望って言ってもかなは国立大学の大学生で、勉強も大変だろうに……今は夏休み中だからいいようなものの、さすがに身体を酷使しすぎだ。 将来を見据えた趣味に没頭するのはいいけれど、時間を忘れて集中してしまうから兎にも角にも身体が心配。 この麗しい家主の名前は、結城 要(ゆうき かなめ)。 出会ってまだ日の浅い、7歳年下の………友人。 ……え?名前まで綺麗だって? 俺も初対面の時全く同じこと思ったって!!気合うね!! 名前も、顔も、身体も、声も、性格も……何もかも美しい……俺の女王様。 俺はたぶん、かなに出会った瞬間のことをこれから先……… 一生忘れない。

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