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シルクハニーの死にたい理由【前編】4

「……はぁ………ちょっと、美味すぎた………」 「…俺役に立った?」 「めちゃくちゃ」 「…!ふへへっ!ならよかったぁ~!!!」 食器をキッチンに下げて、残っていた洗い物とまとめて片付け始めると、ソファに寝転がったかながジッとこちらを見ていた。 「お?なんだぁ~?かな今日めっちゃ俺のこと見るじゃん!ついに惚れちゃったぁ~?」 「うるせーよ…アホ」 「もぉ~!!!素直じゃないところもかわいいんだからっ!!!」 「………チッ」 これ見よがしに盛大に鳴った舌打ちに笑ってしまう。 かなの俺への舌打ちは大体が照れ隠しなんだよなぁ。ほんと、かなといると毎秒きゅんきゅんさせられて忙しい。 スポンジを泡立てて、丁寧にお皿を洗っていく。 かなは食器にもかなりこだわりがあるみたいで、ハンドメイドで作られたであろう高そうなお皿の数々に毎回戦々恐々だ。例え割ったところで、この根っからのセレブボーイは顔色一つ変えずに『怪我ないか?』とか聞いてくるんだろうけど……貧乏が骨身に染みてる俺からしたら、一大事だ。絶対割りたくない。 それでも俺がこの家の家事を積極的にやるのは…かなが喜んでくれるから。単純だろ? かなって基本的には綺麗好きだけど、服作りに没頭すると生活の全てを投げ出すから……俺が身の回りの手伝いするとすっげぇ喜んでくれんの。 照れ臭そうにお礼を言うとびきりの美人を見たいがために、俺は今日もせっせと皿を洗うわけです。 不純で結構。 だって、好きなんだから仕方ない。 「……恭介」 「んー?」 「いつも、……ありがとな?」 ほーら、来た来た。 いつの間にか後ろに立っていたかなに話しかけられて首だけ振り向くと、目を伏せて頬を赤く染めた美人が俺に感謝を告げる。 「…………はぁんっッッッ!!!!」 「……だからこえーよお前の反応」 「ごめーん…!ちょっと興奮しちゃって!」 「どこにだよ……」 「え~?かなの全部!」 「捕まれよそろそろ」 とんでもないジト目で俺を見上げるかなに、背中からゾクゾクと快感が駆け抜ける。口ではこんな風に拒否する癖に、ちゃっかり自分のテリトリーに俺を入れてくれちゃうんだから……その矛盾とも思える態度から俺への信頼が伝わってきて……正直、マジでたまらん。 滅多に人に懐かない猫が、自分には特別な興味を示したら……どう思う? こんなの、俺じゃなくたって自惚れちゃうって。 「かな……」 「……ん?」 「感謝してるならキスし」 「うるせぇ調子に乗んな変態死にたいのか」 言い終わる前に、鋭い睨みと有無を言わせぬツッコミを同時にお見舞いされた。俺はそれにヘラヘラ笑顔で応える。 怒った顔もかわいい。 さて、そろそろ……… 明日に向けてお誘いをかけてみましょうか。 うまいこと話に乗ってくれればいいけど………なんて、かなを乗せることに関しては結構自信あんだけどね?俺。 それに……実はもうお店は予約済み。 明日俺は、本気でこの人を口説く。 「ねーねー………かな?」 「んー」 「たまにはさ、外にご飯食べに行かない?」 「はぁ?いつ?」 「明日」 かなは食器を洗う俺の横で、いつになく不思議そうな顔をする。俺の仕事の後も、休みの日も、会う時は基本的にかなの家だったから…俺の提案に困惑しているようだ。 「…家でいーだろ…なんで外?」 「んー?えっとねー…こないだ取引先の接待に使った店なんだけど、すげーいい店だったから一緒に行かない?ご飯美味しいよ」 「……なんの店?」 「フレンチ!」 「えぇ~………ドレスコードあり?」 「まぁ、一応」 「うわぁ……めんどくせぇ…行きたくない」 心底嫌そうな声で顔を歪める美人に笑ってしまう。 お金持ちのくせに、かなはいいお店行くの嫌いなんだよなぁ。 ……というか、そもそもが出不精すぎる。大学が夏休みに入ってからは特にだ。ほっといたら1週間とか余裕で家から出なさそうだから怖い。暁人と会う約束がなきゃ外出るのすら嫌がるんだから…もはや末期だ。 だけどやっぱり、愛の告白はちゃんとロマンチックにしなきゃでしょ? だって……… 俺が口説く相手は…… かなで最後なんだから。 相変わらず顰めっ面で俺を見る女王様に、俺は得意気にカウンターを繰り出す。 「でも、その店ソムリエいるよ?」 「えっ!?」 「かなワイン好きでしょ?そのお店、地下にすげーでかいワインセラーあるらしいから、珍しいワインもいっぱ」 「行く!!!!絶対行く!!!!」 ……かかった。 計画通り。 某、死のノートの所有者もビックリのわるーい顔でほくそ笑んだ後、またいつものニコニコ笑顔に戻ってかなを見る。 絶対乗ってくると思った。 かなはまだ20歳だけど、財力に物を言わせて世界中の希少ワインに手を出しまくり、自宅に小型のワインセラーを置くほどのワイン通だ。一流のソムリエのいるお店になら絶対ホイホイ釣られると思った!!!! 「死んでも行く!!!!何時!?俺迎えに行く!!!」 「ブハッ!!!かわいすぎなんだけど!!!!」 「うるせーなっ!!仕事終わんの何時だよ!!」 「えーっと…18時過ぎかな…」 「わかった!!!」 さっきホットケーキを食べてた時と同じ顔。ウキウキで表情筋がゆるみまくってる。 ……ああもうっ!!!かわいいっ!!! 抱きしめたいっ!!!! こっちは愛しさで、色んなものが爆発しそうだ。 「ぐっ……!かな…!頼む…!!」 「…?なに?」 「3秒でいい…抱きしめさせてくれっ…!!この感情を表す手段が抱擁以外に思い付かないっ…!!!」 「………」 「無言は肯定でいい!?」 「……よーし…四方投げと隈落としどっちがいい?選ばせてやるよ」 「ねぇなにその二択!!!どっちも知らないけど絶対ヤバいやつじゃん!!!合気道!?合気道なの!?いいからハグさせてよハグー!!!!」 「おっし、来い恭介!」 「ねぇー!!!!構え方が絶対ハグじゃないー!!!!」 結局、この日もかなは俺に抱きしめるチャンスをくれなかった。 やっぱり、かなにとってそこまで踏み込ませるのは付き合ってる相手だけみたいだ。 ……あ、もしくは暁人? まぁ、暁人に対してはもはや嫉妬心を抱くこともない。だって、かなと暁人が一緒にいるの見ると…お互い絶対恋愛対象にはなり得ないんだって俺でもわかるし…それにあそこまでの美人2人が仲良くしてるのは単純に目の保養。そうなりゃ嫉妬もクソもないだろ? 俺はかなに男として…恋人として…抱きしめることを許されたいんだ。 明日、無事かなと付き合えたら……… 許してくれるだろうか……

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