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シルクハニーの死にたい理由【後編】2

「すみませぇん……お兄さんっ…お隣いいですかぁ?」 物思いに耽ってぼーっとしてるところに突然話しかけられて、否定する言葉が喉につっかえてしまった。 顔をあげると、30代後半くらいの化粧の濃い派手な女性がニヤニヤしながら俺を見下ろしていて…途端に吐き気が込み上げる。 それもそのはずだ……… 俺は、女性が苦手なんだ。 原因は例の、少年期のトラウマ。普段は上手いこと女性を避けて生きているし、大人になるにつれて生活に支障がない程度には女性とも会話が出来る様にはなっていたつもりだった。もちろん、積極的には近付きたくないけど。 だけど、この年代の女性は…地雷中の地雷。 どうしても……あの日が、フラッシュバックしてしまう。 女性は震える俺に構うことなく、隣に腰掛ける。 ますます言葉が出てこなくなって、頭が真っ白になる。指先からゆっくりと身体が冷たくなっていくのを感じて、俺は目を伏せて必死に吐き気を堪えた。 隣に座られて10分、ひたすらに話し続ける彼女に…いよいよ嫌気が差す。 よくこんなにずっと話し続けられるな……同じマシンガントークでも……恭介とはまるで違う。 恭介の声って、低くて…やわらかくて…優しい。 ああ………そっか………もう、俺は、 あの声を聞くことは…… ないんだなぁ…… 「ウフフッ…アタシお兄さんみたいな綺麗な人と出会えたらなってずっと思ってたんですよぉ…!これって運命ですよねぇ…?」 「……」 「お兄さんだって、アタシに興味あるでしょ?ほら、ホテルでもなんでもいいんで早く出ましょ~?」 必死に話を聞かないようにしていたけれど、あまりにも内容が下品すぎて腹が立ってきた。 俺に声をかけてくるのは男性が圧倒的に多いけれど、女性から逆ナンされることも無くはない。だけど、こんなに遠慮なく近寄ってこられることなんてまず無くて……うまい返しが見つからず、困り果てる。 女性から漂ってくる香水の香りに、俺はとうとう我慢ができなくなり口を手で押さえた。 ヤバい、もう、無理かも……… この人の匂い…………あの女に……似てる……… 俺、ダメだ……… 「お兄さん…本当に綺麗ですね……早く出ましょうよ…!」 「………っ」 女の腕が俺の腕に絡み付いた瞬間、息が止まった。 みるみるうちに呼吸が苦しくなって、酸欠に陥る。 たぶん、そのままだったら気絶してた。 「すみませーーんっ!おねぇさーん!!この美人俺のなんで取らないでくださーいっ!」 いきなり耳に届いた聞き慣れた声に、俺は慌てて顔を上げた。 「……え………は!?きょ、う…すけ…?」 何故か俺の隣には、決別したはずの想い人がいて……いつもと同じようにニコッと太陽みたいに笑っていた。 それを見て俺は……やっと息をすることを思い出した。 「ハァ!?アンタ誰よ!!!!引っ込んでなさいよ!!!!ブサイク!!!」 「うーわひっでぇなぁ~!!けどまぁ、確かに…かなに比べたら俺はブサイクか…ったく面食いだねぇ~…って俺も人の事言えねーか」 「いいから早く消えなさいよ!!!」 「え~でも~そんな大きな声出したらお店に迷惑ですよ?」 「……ッ…!なんなのよ!!!!」 「とにかく帰ってくださ~いっ………じゃなきゃ…」 女と恭介はすごい勢いで言い合いを始めて、止める間も無く傍観していると、いきなりグッと恭介に肩を抱かれた。そのまま恭介は俺の後頭部に指を差し入れ、自分の首元に俺の顔を埋めるように押し付ける。 俺の目線からは何も見えなかったけど、その瞬間周りの空気が変わったのを肌で感じた。 恭介………、 いつもと全然違う……… 「………俺が追い出すぞクソババア」 「ひっ…」 「…は~いっ!こちらのお客様おかえりでーす!」 「………フンっ!!!もう来ないわよこんな店!!!!」 捨て台詞と共に女が去っていくのが、目の端から少しだけ見えた。 そこでようやく、俺の身体から力が抜ける。 同時に、恭介は俺の背中を優しくさすり始め、もう二度と握られることはなかったはずの俺の手を……強く握ってくれた。 「かな……平気?」 「………っ、なんで…!」 なんで、助けてくれるんだよ……… 俺は、お前を傷付けたのに……… なんで……? どうして、一番会いたい時に……会いに来てくれるの……? 全く言葉にならなかったけど、恭介はクスッと笑って全てを理解したように目を細めた。 ああ…… 俺が恋した目は………これだ 二度と会わないなんて…………… どうして思えたんだろう…… 「いやぁ…かなに会いたくてさぁ…仕込んどいた位置共有アプリ辿って来たんだけど…まさかこんなことになってるなんてマジびっくり!!!」 「……ストーカー…!」 「ごめんってぇ~!!だって、かなってば俺の連絡全部無視するんだもーん…」 いつものように悪態をついて返事をするけれど、本当はそんなに嫌じゃない。 もしお前と付き合えるなら、付き合うことが許されるなら………… 俺、どれだけ束縛されたって許せるのにな…… 心と言葉が矛盾しまくってるのは、いつものこと。長年染み付いた毒舌は、大好きな人の前でも消えてはくれないんだ。 素直じゃなくて、ごめんな……恭介。 「…………っていうか……、お前…っ…気付いて…」 「…うん、知ってたよ……かな、女の人ダメでしょ?」 恭介の返事に、ブワッと一気に涙が溢れた。 「……かな帰ろう…送るから」 「……恭介っ……でも、俺っ…お前にっ……」 「何も考えなくていいから…ほら、行こう」 俺が女性恐怖症なこと…知ってたのに………今まで一言も聞かないでくれてたのか……? もう、勝てないって…… 認めるよ俺……………… やっぱりお前のこと、めちゃくちゃ好きだ。 あんなに傷つけたのに、好きで………ごめん。 なのに、お前と付き合えなくて………… ほんとにごめん、恭介。

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