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シルクハニーの死にたい理由【後編】1
小さい頃の俺は、今じゃ想像できないほど物静かだった。
毒舌の"ど"の字もない、大人しくて内向的な男の子。母の言いつけを寸分違わず守る、物分かりのいい子だったらしい。
俺の母親は、元モデルで世界的に有名なファッションデザイナー。我が家は母親のオフィスも兼ねていたから家の中で沢山の大人が仕事やミーティングをするのが日常。毎日色んな人が家に来て、俺はそれを大人しく見守る。
今考えてみると、常に忙しい母親の負担になりたくなかったから、無意識にいい子を演じていたのかもしれない。
そんなこんなで、俺はかなり特殊な幼少期を過ごした。母の影響で、色とりどりの美しいものに囲まれるのが俺にとっての当たり前。
母がデザインしたかわいい洋服を着て、おとぎ話に出てくるみたいなかわいいかわいいティーカップを片手に、美しいアイシングクッキーを頬張る。
ごく自然に俺は母と同じデザイナーになることを夢見ていて、毎日ひたすらに絵を描いていた。
ところが、小学校に上がると…世間と自分との大きなギャップを肌で感じることになる。
俺の想像じゃ、世界はもっとポップでカラフル。
だけど、現実はむしろモノクロ。
残酷でつまらない世界を現すのに、24色も色鉛筆は必要ないのだとすぐに理解した。
そしてもう1つ、大きな問題にぶち当たる。
それは……成長するにつれて、目に見えて容姿を持て囃されることが増えたこと。それ自体は別に良かったけど……知らない人に声をかけられることがあまりにも多発して、何度か誘拐されそうになったこともあった。もうその頃には父と母は正式に離婚していて…シングルマザーで死ぬほど忙しい母1人じゃ、俺を守り切ること自体に限界があったんだろう。
元トップモデルの母親譲りの容姿は、俺にとって最大の武器であり、同時に最悪のウィークポイント。
見かねた母が、俺に言った。
『要……あなたはママに似てとっても綺麗なの…わかる?みんな美しい人が好きなのよ…?だからあなたは、悪い人に連れて行かれないように強くならなきゃダメ!!!』
母のこの"強くなる"という言葉を、俺は心のことだと思っていたけれど…実際は超物理的な話だったらしく、
この日から俺の生活は、格闘技一色に早変わり。
それからの俺は、母親の期待通り…いや、それ以上のスピードであらゆる格闘技をマスターしていった。結果的には、それによって何度も自己防衛に成功することになったから……まぁ、母親的には思惑通りだったんだろう。
だけどそれも、13歳の時まで。
13歳、中学2年の夏、俺は生涯忘れられないトラウマを経験した。
思い出すたび絶望が頭をよぎる………
最悪の夏…………
「………うーわ………、思い出しちまった……」
せっかくの美味しいコーヒーとケーキが台無しだ。朝から大好きな親友の顔が見れて、最高の1日になりそうだったのに……なんで、思い出しちゃったかな。
サラサラと描き進めていたデザイン画を見下ろして、大きなため息を吐く。窓から差し込んでくる日差しが眩しい。今日もいい天気だ。
ここは、大親友である日下部 暁人のバイト先。小さな個人書店に併設された俺好みのかわいらしいカフェ。店長の趣味が凝縮されたような、本好きにはたまらない癒し空間だ。
普段は出不精な俺が、わざわざ親友のバイト先にまで足を運んだ理由はただ1つ。
数日前、
人生で初めて本気で好きになった相手を、盛大に振ったから。
振った側の癖に、なんで傷心に浸ってるのかって聞かれると、ちょっと困る。アイツからしたら泣きたいのは自分の方だって話だよな?わかってるけど……俺だって好きで決別を選んだわけじゃない。
和倉 恭介は一言で言うと、
"変な奴"だった。
見た目だけで言えば……背が高くて、優しい笑顔の大人の男の人。印象はそう悪くはなかった。いや……、むしろ結構かっこいいとすら思った。まぁ、ほんとに……見た目だけだけどな?
今思えば、初めて会った瞬間からすでに俺は、恭介に対してどこか他の人とは違う感情を覚えていたような気がする。
綺麗だとか、美人だとか…容姿を褒められることには正直慣れっこで……そこをフィーチャーされること自体に目新しさなんてまるでなかったはずなのに…恭介に綺麗って言われるのは不思議と何故か照れ臭かった。
それに…うまく言えないけど、俺は恭介の瞳の奥に自分と似た"色"を感じたんだ。そう………、あれは俺と同じ、深い絶望の色。
その時、この人は他の人とは違うと直感した。
それなのに、出会って10秒後にはもうプロポーズの言葉を口にされて、俺の中の恭介はすぐさまチャラ男に格下げ。
同時に俺の中の毒舌スイッチがMAXになって、とにかく暴言で俺の世界から排除しようと必死だった。だって、まともに取り合うこと自体おかしいだろ?初対面でプロポーズなんて、正気の沙汰じゃない。
なのに、突っぱねてどれだけ冷たくしても恭介には全然効果がなかった。
それどころか、恭介は勝手に俺の部屋……いや、むしろ…心に入り込んできて……
これまでの人生、決して誰からも与えて貰えなかったものをいとも簡単に俺にくれた。
むせ返るような、愛情と肯定。
自分を守るために必死で纏った、毒舌という名の鎧も……人を信じることを忘れた意固地な心も……
全部溶かして、そばにいてくれた。
こんなの、好きにならない方がおかしい。
恭介の隣にいるのは無性に心地良くて………同時に、俺にとっては恐怖だった。
だって、俺は…………
恋をしちゃいけない人間だから。
彼の愛を素直に受け入れられたら、どんなに良かっただろう。
あの逞しい腕に抱かれたら、どんな気持ちになるんだろう。ギュッと抱きしめられて、優しく身体に触れてもらえたら………
想像、しなかったわけない。
それでも俺は、別れを選んだ。
ずっと愛を伝え続けてくれた恭介の、最後の本気の言葉を………全力で拒んだ。
彼の為に。
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