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シルクハニーの死にたい理由【後編】4
「……………俺、13歳の時………女にレイプされたんだ」
震えながら、小さな声で呟いた俺の言葉に、恭介は一瞬も目を逸らさずに頷いた。
大方察しがついていたんだろう。動揺はあまり感じられなかった。
改めて口に出したら……こんな一言で終わる話だったのか…と何故か自分で自分に拍子抜けしてしまった。
言葉にしたらたった3文字だし、行為自体は数十分の出来事だったのに………大人になった今も呪いみたいに俺の心と身体を蝕んでるんだから………
本当に、"心の殺人"だったんだと思う。
あの日俺は、一度死んだ。
その日はとても暑い日だった。
中学2年の夏休み……塾の夏期講習の帰り道、俺は駅から1人で歩いて帰っていた。いつもは母の言いつけで必ず運転手に送り迎えを頼んでいたのに、その日はなんとなく歩いて帰ることを選んでしまった。だって、本当に雲ひとつない晴天で……歩いて帰ったらさぞ気持ちいいんだろうなって……思ったから。
だけど当時全然日に当たらない生活をしていた俺の身体は、突然の日光に驚いたのか軽い熱中症を起こしてしまって…家に着く直前に道端にしゃがみ込んでしまった。
やばい…と焦っていると、誰かに肩を叩かれて…振り向くとそこには近所に住む女性が立っていた。当時、30代後半くらいだったと思う。母とも面識のあった、優しい笑顔の人だった。
彼女はすぐに自分の家に俺を招き入れてくれて、冷たい飲み物を出してくれた。
俺からしたらまさに、救世主。あのままあそこにいたら救急車を呼ぶことになっていたに違いない。そう思ったら、彼女に見つけてもらえて良かったと心から安堵したし…その時は完全に安心しきっていた。
…だけど、次の瞬間、
油断した隙に両手を結束バンドで縛られて………俺はいとも簡単に拘束された。
その時の俺はまだ13歳の子供で、性の知識もほとんどなかったし、あまりの恐怖で声も出なかった。
ゆっくり1枚ずつ服を脱がされ、下着も剥かれて身体中を女の手が這い回った。性器を執拗に弄り回されて、俺は泣きながら床に何度か嘔吐した。
俺の様子なんてお構いなしにどんどん行為は進んでいって……ピクリともしない俺の性器に痺れを切らした女が、無理矢理何かを嗅がせてきたのを…なんとなく覚えている。
そこまでされても、当時の俺は自分が何をされるのかイマイチ理解していなかった。
だけど、
俺の上に跨って必死に腰を振りはじめた女を見てようやく、自分が大切なものを奪われたんだと知った。
たぶん…物理的に抵抗、しようと思えば出来た。
だってこの時俺はすでに、母の言いつけ通り色んな格闘技をマスターしてたんだ。だから……相手を殴って無理矢理逃げることも出来た。
だけど…どうしてもそれが出来なかったのは、俺の母が父と離婚した原因のひとつがDVだったから。
例えどんな屈辱を受けたとしても………
俺には、"女を殴る"という選択肢はなかった。
行為中の女の顔と、声と、香水の香り……その全てが俺の心と身体に一生消えない深い傷を残した。
帰り道、どうやって家まで辿り着いたのか全く覚えていない。気付いた時には自分の部屋にいて、涙さえ枯れ果て、自分の中で失ったものの大きさに絶望した。
結局、レイプされたことを母親にちゃんと話せたのは数日後のことで……俺を襲った女は引っ越した後だった。つまり、俺を辱めた犯人は……今も野放し。
だから……
あの日、すぐに母親に話さなかったことを俺は今もずっと後悔している。
こうして俺は、重度の女性恐怖症になったわけだ。
そして同時に、恋愛対象が男だけになった。
俺は男しか、好きになれない。
全てを話し終え、恭介を見ると……信じられないくらい目から涙が溢れ出ていて、
危うく笑いそうになった。
いや、いくらなんでも泣きすぎだろ………
お前は本当に……どこまでいい奴なんだよ。
「……自分の口からこの話したの……母親以来だわ…俺」
「………殺したい……っ」
「……え?」
「かなを傷付けた奴を…殺してやりたい………っ、こんな理不尽なことないよっ………なんで、こんな優しくて綺麗で素敵な人がっ……そんな目にあうの…?おかしいよっ……許せねぇよっ……俺の手で殺してやりたいよ!!!」
「………お前、殺したいとか…言うんだな……」
「……………ううっ……口に出したのはっ……初めて…かもっ……」
「ブハッ!!だよなぁ?………言い慣れてねーもん…」
グシャグシャになりながら泣く恭介の顔を見つめて、そっと微笑む。
自分のためにこんなに泣いてくれる人を……
不幸にするわけにはいかない……
例え、自分が傷付いたとしても。
「あーあ………もう、認めるよ俺……」
「………?」
「…やっぱお前は………俺の特別だ」
「……かなっ……!」
「だからこそ…………付き合わない方がいい」
「………え……なんで!!?」
「俺とじゃ幸せになれないんだ…お前は…」
「……っ、そんなの、なんでわかんの!!?なんでかなが決めつけるの!!?」
号泣しながら俺の手を握り続けていた恭介は、これでもかと目を見開いた。
俺が誰とも付き合えないって言っていたのは、もちろんトラウマが原因ではあるけれど………
誰かと付き合うとなると、もっと大きな問題があるからだ。
きっとこれを伝えたら……
俺たちは、ちゃんと終われる。
「俺…………、」
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