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シルクハニーの死にたい理由【後編】5

「セックス出来ないんだ」 「…………え……」 「というか……それどころか、性行為全般全部ダメ」 「……………それは……」 「うん………トラウマのせい………」 「……かなっ……」 「吐いちゃうんだ……どうしても」 これが、俺が恭介を拒み続けた最大にして最悪の理由。 「今までも……何度も何度もチャレンジしようとしたんだ………だけど、誰とも出来なかった………」 「…………それは………キスも?」 「………キスも」 これまで、一方的に告白してきた奴とか行きずりの相手とか…それこそ腐る程色んな男と行為を試みて来たんだ。でも、見事に全滅。俺は毎回盛大に吐いてしまって、ひどい時には相手をゲロまみれにしたことだってある。 少年期のトラウマが、今もまだ俺の身体を蝕んでいる証拠だ。 性的な行為全てがトリガーになって、全身で相手を拒絶する。 もう、どう足掻いたって無理なんだ。 俺は一生、誰ともセックス出来ない。 誰とも………… 恋、出来ない。 さっきまでとんでもない号泣をしていた恭介は、泣くのをやめてとても真剣な顔で俺を見た。 ………まぁ………、そうだよなぁ……… セックスどころか…キスすら出来ない相手と……付き合える訳ない。 これを言えば、いくら恭介でも黙って手を引いてくれるってわかってた。それを今まで言えずにズルズル引っ張ってしまったのは……やっぱり、俺も恭介に……… 恋………してたからかな。 「人生最初で最後のセックスがレイプとか……笑えるだろ?」 惨めな心をますます惨めにするだけだとわかっていながら、自虐の言葉を吐く。 さぁ、早く…………… 俺を置いて………出て行ってくれ…… 「…………かな」 「………ん」 「全然笑えない」 「………」 「いくらかなでも………俺の大好きな人を貶めるようなこと言うのは許さないよ?」 「……なんだよ、俺自身のことじゃん……」 「それでも、許さないよ………これ以上自分を傷つけるのはやめて……」 「……っ」 「俺の大切な人を傷つけないで」 こんな風に言われるなんて、想像もしてなかった。 どうして、お前みたいな奴が俺のこと好きになってくれるんだよ………… 神様は、どこまで残酷なんだ。 俺を見つめる恭介の瞳は、驚くほど澄んでいていつになくキラキラ輝いて見えた。 惚れた欲目なのかなぁ……… 俺、お前のこと…この世でこんなにかっこいい人はいないって思えちゃってる。爽に言ったら、目の錯覚だーなんて笑われそうだよな? 「ねぇ、かな………」 「………なに…」 「つまり………俺と付き合えないってかなが言うのは………セックス出来ないからってこと……なんだよね?」 「………まぁ、……うん、そういうこと」 「………なら、やっぱ、俺ら付き合おう」 「は?お前…俺の話聞いて…」 言い終わる前にグッと強く腕を引かれ、逞しい腕に包み込まれる。 そこでようやく、自分が抱き締められているのだと理解した。 許可も取らず抱き締めやがって!とか、人の話遮りやがって!とか……思うことは沢山あった。 だけど……恭介の腕の中は思っていた何十倍も心地よくて……… 言葉が出なかった。 こんな……身体中包み込むみたいな抱き締め方をされたのは初めてだ。 これ程までに近距離で、こんなにも生々しく他人の体温を感じる日が来るなんて……喜びで唇が震えた。同時に、身体中が沸騰したみたいに熱くなる。 これが、好きな人に抱き締められるってことなのか…………… 同じ"好き"でも、暁人に優しくギュッてされた時とは……全く違う。 胸の鼓動が、うるさい。 息が、苦しい。 無言の俺に痺れを切らしたのか、恭介は少しだけ腕を緩めると俺の頭に手を置いてニコッと笑う。 そのまま、俺の髪をサラサラと手でゆっくりと梳くように撫でた。 「俺、ずっと………かなのこの……シルクみたいに綺麗な髪を……撫でてみたかった……」 「………めっちゃ………変態っぽい……」 「……あはっ…!うん……、っていうかね……俺…かなに触る権利が欲しかったんだ」 そう言った恭介の笑顔が眩しくて、あったかくて……… 俺は13のとき以来初めて……… 心に空いた隙間が埋まったのを感じた。 恭介、俺………… あの日から本当はずっと死にたかったんだと思う……………… だけど、今やっと 生きたいって思えた 「かな……………俺、セックス……出来なくても…いいよ」 「……………は…?」 俺を抱き締めたまま迷いのない声色で呟いた恭介の言葉に驚いて、俺は口を開けたまま固まる。 「かなのそばにいられるなら、俺一生セックス出来なくていい」 恭介の言っている意味を理解した瞬間、ドバッと目から涙が溢れ出した。 それを見た恭介は少しだけ慌てて、俺の部屋に転がっていたボックスティッシュを持って戻ってきた。それで俺の涙を優しく拭うと、ご丁寧にもう一度俺を抱き締め直して、優しく背中をさすってくれた。 「…………お前……っな、に言って……」 「ん…?通じてない?だから、かながセックスできないことは、俺を拒む理由にはならないよ~ってこと!」 「はぁ…?自分が何言ってるかわかってんのか…!?」 「うん、わかってる」 「…………ッ……正気じゃないっ…」 「めちゃくちゃ正気だって!俺のかなへの気持ちは、性欲なんてものじゃ止められないの!」 「……っ…馬鹿じゃねーのっ…!」 「えー?ふふっ…だってしょうがないでしょ?俺……かな以外なんてもう絶対無理なんだもん」 恭介はクスクス笑いながら左手で俺の腰を抱いて、空いた右手で俺の頬に手を這わせた。 俺の目から止めどなく流れる涙を眺めながら、優しく頬を撫でる恭介に…柄にもなくキュンとしてしまった。 ふざけんなっ…… こんなのもう……この心地よさを手放せる気しないじゃん…… 普段はあんなフニャフニャの癖に……なんだよソレ。そんな男らしい顔で俺のこと見んなよ、馬鹿。 泣きながら心の中で必死に悪態を吐くけれど、たぶんもう恭介には全部お見通し。

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