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例えば及ばぬ恋として【旅行編】5

エスカレーターで下に降りて、空港の正面入り口から外に出る。思っていたより冷たい風が頬に当たって、ブルリと小さく身震いした。 「あれ……」 「ん?爽、どうかした?」 「いや……レンタカー手配してたんだけど……まだ来てなかったみたいだな……ごめん、ちょっと待つかも」 「ありゃ、ほんと?……あ、じゃあ俺飲み物買ってこようか?2時間車の中ならなんかあったほうがよくない?」 「確かに……でも、俺が行くよ」 「え?いいよ、いっつも爽行ってくれるから今回は俺行くよ?」 「あき…」 爽は俺の目を見ながら頭をゆっくりと撫でる。爽の細長い指が耳を掠めて、なんだかちょっぴりドキッとした。 「こういうのは、大人が行くもんなんだよ」 「え……」 「それに、あき1人で知らないとこ歩かせんの俺が嫌だし」 「ちょっ…!俺幼稚園児じゃないからね!?」 「そういう意味じゃなくて!お前かわいいから連れて行かれないか不安ってこと!」 「もー爽…過保護だってば!」 「それすっげぇ自覚ある!…ってわけで、俺に行かせてくれない?」 「……んー……、わかった…!じゃあ、お願いする!」 「ん、いい子」 爽は俺に大きい荷物を預けて、そのまま空港の中に戻っていった。 爽って………本当に優しいな。 冗談じゃなく、ますますメロメロにされている気がする。 いつだってスマートに俺のこと守ってくれちゃうんだもん。こんなに大切にされたら、俺どうしたらいいの。 時々、すっごく怖いんだ。 俺、ちゃんと爽と……釣り合ってる? ちゃんと爽に相応しい相手? ネガティブ思考が入り混じりながら自問自答しつつボーッと突っ立っていると、目の前にピカピカの真っ白い車が停まって…思わず二度見してしまった。 青と白のエンブレムは、言わずと知れた高級車の…アレだ。まさかこんないい車が出てくるとは思ってもいなかった。 「…………マジ?…」 俺の呟きと共に、ちょうど運転席から男性が降りてきた。服装からすぐに爽が予約したレンタカーのお店の人だと気付いた。胸に若葉マークのネームプレートが付いている。どうやら新人さんのようだ。 「…お客様っ大変お待たせいたしました!遅れて申し訳ありません…!!ええと…樋口様でいらっしゃいますか…!?」 「あ、えっと……ハイ!樋口です!」 「お荷物はトランクでよろしいでしょうか!?」 「あっありがとうございます!」 男性は俺と爽の荷物を掴むと丁寧にトランクに入れていく。なんだかハキハキしていて、テンション高めなお兄さんだ。 「あの……」 「はい?」 「……驚きました」 「え?」 「あ、すみません…!その、この車…当店の最上ランクですし… クセのある車で運転も難しいんで…レンタルされる方自体少なくて……なのでご予約の段階からどんなお客様かなってずっと気になってて……」 「……あー…そう、なんですね…」 まぁ、だよね? わざわざこんな高級車レンタルしなくったって…俺は乗れればそれでよかったのになぁ。これ、たぶん爽…半分ふざけてるでしょ。全くもう…… それでなくても、爽も要も普段からすっごい高い車乗ってるから、一緒にいる俺の感覚もどんどん麻痺していっちゃってる気がするのに。良くない良くない。 俺は免許取ったら……絶対軽にしよ。 …って、免許取る予定…今のところないけど。 俺がグルグル考えている間も、男性は俺の顔をジッと見つめていたようで…それに気付いた俺は、あまりの気まずさに目が泳いでしまう。 いや、見過ぎじゃない…? 「あの……顔になんか…ついてます?」 「ああ、いえ!!なんと言いますか……この車を借りた方が、まさかこんな若くて可愛い方だとは想像もしていなくて…」 「…へ?」 「…直球すぎますよね?もしご不快に感じていらっしゃったら…すみません」 「えっ……あの、…大丈夫…ですけど…」 「よかった…!あっ荷物、これで全部ですか?」 「あ、……はい」 「では、鍵お渡ししますね!」 びっくりした…… まさかレンタカーのお店の人にこんなこと言われるなんて思ってなかった。こんなの…なんて返せばいいかわかんないよ。 渡された鍵をじっと見つめていると、男性が胸ポケットから名刺入れを出してそのまま何かを書き始めた。ポカンとして立ち尽くしていると、バッと勢いよく目の前に名刺が差し出される。 「あの、もし旅行中困ったことがあれば…気軽に電話してくださいっ!!」 「……え?」 「女性の1人旅は何かと物騒ですからね!」 「え!?いや、俺は…」 「と、いうか……その、単純にあなたとお近づきになりたくて…!」 「……は!?」 「裏にプライベートの番号も書いたので…!」 俺は目の前の男に苦笑いを向けて口籠る。 何から突っ込んでいいのかわからない。俺はそもそも男だし、彼氏がいるし、1人旅でもないし…… どれから言えば相手に嫌な思いをさせずにお断り出来るかな…と思考を巡らせている間に、両手をガッチリと握られる。 「とりあえず、名刺だけでも貰っていただけませんか!!!?」 「へぇ!?あ、あのっ…!」 「一目惚れなんですっ!!!樋口…爽さんっ!!!」 「エッ!!?いや、だから俺は爽じゃ…!」 予約した時の名前は爽だっただろうし…さっき"樋口様"と呼ばれた時に返事をしてしまったから…完全に勘違いされてる。 そっか……"爽"って名前は、女の人でもギリギリあり得なくはないのかもしれない。少なくとも、"暁人"よりは。 やばい。俺、こういう直球素直タイプの人に迫られるのはあんまり慣れてない。うまいかわし方が思いつかないし、この状況じゃ物理的に逃げることも叶わない。 手を握られたまま目を泳がせていると、不意に頭にズシっと重みがかかった。 「はーいストップ」 「……へ……爽!?」 「えっ…!?え!?」 俺の頭に後ろから顎を乗せたのは、案の定爽だった。手を握られたままだし、頭が重いから俺は身動きが取れないままその場に固まる。 爽の声色からして、機嫌が良いとは…とても言えない。 レンタカー屋さんの彼は、俺と爽の顔を何度も交互に見て困惑の表情を浮かべる。 「はーっ………とりあえずアンタその手離せ」 「……えっ、あ………はいっ…」 「よし、じゃああき…これ持って車の中にいて」 「え!?あの、でも…」 「あき、お願い……中で待ってて?」 「う、うん……」 爽は両手に持っていたカップを手渡すと、助手席のドアを開けて俺をエスコートしてくれた。 そして、同時に先ほどの名刺を奪われる。 一瞬だけ視線が合った爽の目は、少しだけ怒りの色を含んでいて…俺は慌てて視線を逸らした。 やばい、やってしまった。 助手席のドアが閉まり、バックミラー越しに2人の姿を確認すると、さっきまで元気いっぱいだったお兄さんが青い顔をして爽に何度も頭を下げているのが見えた。爽の方は貼り付けたような笑顔を浮かべていて…なんだか、それが余計に怖かった。

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