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例えば及ばぬ恋として【旅行編】4
「……爽、あのあと警察署で……山か…えっと……ストーカーさんに会ったって聞いたよ?」
「……えっ!?誰から!?」
「恭ちゃんから……」
「……アイツ…!言うなって言ったのに……」
「いいじゃん!俺、すっごく嬉しかったんだよ…?聞けてよかった」
「………そう、なのか?」
「うん!爽、すっごく怒ってくれたって恭ちゃん言ってた……俺が要のとこに逃げ込んでる間に……全部のケリつけてくれたんでしょ…?」
爽はこのことを俺に知られたくなかったみたいだけど、知っといた方が絶対にいいからって……恭ちゃんが後でこっそり教えてくれたの。
あの事件の後……俺のストーカーだったコンシェルジュの山川さんはすぐに捕まって…その知らせを受けた爽もすぐに警察に呼ばれたんだって。俺はまだ未成年だし…同居している立場上、爽は俺の保護者みたいなものだから。
事情聴取後、恭ちゃんは警察署に爽を迎えに行ったらしいんだけど……あそこまで怒り狂った爽を見たのは初めてだったって言ってた。それこそ、周りの警官が総出で宥めるほど山川さんに敵意剥き出しだったみたい。
海の時も思ったけど、爽って俺関連のことに関してだけは理性の糸切れやすいみたい。
"普段温厚な爽の気持ちを揺るがすのは、いつも暁人絡みだよ"って、恭ちゃんも言ってた。
俺の為に爽が怒るのは、辛いけど……でも、同時に嬉しくもあるんだ。
「爽………ありがとね」
「……あき」
「俺がね、チョコレート嫌いにならずに済んだのは……爽のおかげだよ?」
「……え?」
「確かに…あの事件の直後はちょっとだけチョコレート見るのも嫌になったけど……でも、振り返って考えてみたら……結局、あの日の出来事は爽との記憶の方が…俺にとってはずっと強かったんだ」
「……俺との?」
「うん……、その………理由はどうあれ、俺にとってチョコレートは………爽との思い出の一部だから……」
だってあの事件がなきゃ、俺たちはお互いの誤解を解く機会もなかったかもしれない。
……なんてね。
本当は…単純にストーカーの嫌な記憶が、爽とのえっちな記憶で上書きされちゃっただけ……なのかな。
「だからね……俺、今も……これからも…チョコレート大好きだよ…?」
俺の言葉に、隣で爽が息を呑むのがわかった。恥ずかしさで爽の顔なんてとても見れなくて、正面をじっと見ていたけど…ガラス越しにチョコレート製造ラインの横に立っていた男性と、バッチリ目が合ってしまった。
やば、俺今……顔真っ赤…!
そう思った瞬間、俺と見つめ合った状態の男性の顔も、カッと赤みが増した。
「……あき!」
「…!?へ!?」
少しだけ呆れた声の爽に、またしても手で目を塞がれる。
「な、なに!?また!?」
「………おっ前さぁ……俺のこと悩殺してる最中に別の男まで落とすなよ………」
「は!?えっ……あの人!?いや違うよ!?目合っただけだよ!?」
「……十分だろ……チッ……そんな真っ赤になった顔他人に見せんな……!」
「そんなこと言われてもっ…ちょ、なんも見えないってば爽っ」
「くそっ……一生俺しか見えないようになればいーのに!」
「ええっ!?めっちゃ勝手!」
爽の手を無理矢理引き剥がすと、少しだけ不貞腐れた顔の恋人にムニッと両頬を摘まれた。
「にゃにすんのぉー」
「チッ……くっそスベスベじゃねーかちくしょう……」
「はにゃしてー」
「………なんでこんなかわいいかねお前は………おかげで俺は一生ハラハラしそうだよ……」
「にゃにそれ…?」
「ブフっ……まぁ仕方ないよなぁ……あきがかわいく生まれたのは、あきのせいじゃねーもんな?」
「……?」
「諦めて俺が目光らせてるしか…ないよなぁ…」
大きなため息と共に、爽は俺の頬から指を離す。
「…はぁーあ…………ほら、おいであき」
「……?」
「チョコ……買いに行こう」
「えっほんと!?」
「ん……思い出は、大切にしなきゃな」
「やったぁー!」
俺はすぐに隣接する直営のお店に入って様々なラインナップのかわいらしいチョコ達を見て回る。
普段食べてるようなチョコとは全然違う。動物や、お花や、季節限定の多様なモチーフのチョコレートの世界は……見てるだけで涎が出ちゃいそう。味覚だけじゃない、目まで楽しませてくれるその世界観に、思わず感嘆の声が漏れた。
俺はその中でもとびきり気に入ったクマのチョコレートを、まじまじと眺める。
やばい…!俺まで溶けちゃいそうなくらい…かわいい…!!
「ふわぁ…!めっちゃかわいい………クマさん…」
「………かわいいのはお前だっつの」
「……ん?爽なんか言った?」
「いや…なんでもない……それにする?他には?」
「えー迷っちゃう…!えっとね、生チョコも欲しい!」
「…車で食べる用?」
「わっ、なんでわかるの!?」
「あき、長時間のドライブだとなんか食べてないと車酔いするから」
「わーお……お見通しすぎて怖いってば」
爽は俺の手からクマのチョコレートを抜き取りカゴに入れる。その後も俺がちょっとかわいいなとか、美味しいそうと呟いたものは全てカゴに収まって行って……結局俺が口出す間も無く、いつのまにかカゴの中はチョコだらけになり…爽はそれを持ってさっさとお会計に向かってしまった。
爽って多分……付き合ってる相手には相当貢いじゃうタイプだと思う。
今までも彼女に結構お金使ってそう。そういうとこ……ちょっと、心配。
「お待たせあき」
「…おかえり!爽ありがとう!」
「ん、どういたしまして」
「全部買わせてごめんね?俺もお金…」
「いらねぇって」
「でも…」
「俺的には、お前の笑顔見れるだけで十分だよ…あきが喜ぶならいくらでも買っちゃう」
レジから戻ってきた爽は、甘ったるい笑顔で俺に微笑みかけた。手にはチョコレートがたっぷり入った紙袋が握られている。
「爽…やっぱ俺のこと甘やかすんだから…」
「甘やかさせてくれよ…俺お前の王子様だろ?」
「ねぇ~!!!!口説くなぁ~!!!」
「あははっ!まぁ、ここは俺の顔立てて?」
「もー…」
「さぁ、そろそろ移動しよ?空港内他も色々見せたかったけど……時間あんま無いしあとは帰りな?」
「…うんっ」
ここから爽が予約した宿までは、車で約2時間らしい。さっき飛行機に乗る前にそう聞いた。
旅の手配は全て爽がしたし、聞いても何も教えてくれなかったから俺は今日どこに泊まるのかすら全く知らない。だけど、爽が予定組んだってだけで信頼性は抜群。絶対素敵なお宿に違いない。
今回の旅で俺が爽にお願いしたのは、たくさんの観光地を見る事よりも、ゆっくり過ごす事。美味しいアイスが食べられて、北海道の自然を感じられて、温泉に入れれば満足。
この大自然の中でいーっぱい新鮮な空気吸えたらいいなぁ……やっぱ北海道の醍醐味ってそこだと思うしね。
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