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例えば及ばぬ恋として【旅行編】9

予想通り、爽は一切俺に荷物を持たせてはくれない。こういう時、爽って俺のこと男だって忘れてるのかなって…思うことが時々ある。 今更嫌なわけじゃないけど、これでも一応…日本男児だよ俺。そりゃ爽に比べたら力も無いけど……ここまで大切にされると、ちょっと申し訳ない気持ちになっちゃう。 中に入ると、真っ直ぐにチェックインカウンターに向かう。すぐに着物の女性が深々と俺と爽に頭を下げた。 「予約していた樋口です」 「樋口様…!お待ちしておりました…!」 「……どうも……」 「すぐにお荷物お運びいたします」 「ああ、いえ…自分で運ぶので結構です…鍵だけ頂けますか?」 「かしこまりました」 俺は首を傾げて隣の爽を見上げる。 こういう時って普通…なんか書いたりするんじゃ無いのかな…? 少なくとも俺が今まで家族と泊まったことのあるホテルでは、チェックインに結構時間がかかった。こんなスムーズになにもせず鍵もらえるものなの? 爽は鍵を受け取ると、すぐに俺を連れてエレベーターに向かう。 「ねぇねぇ爽…!」 「ん?」 「なんか書いたりしないの?ほら、住所とか…電話番号とか…チェックインの時普通書かない?」 「あぁ……たぶん……俺が"樋口 爽"だからだと思う……」 「……え?」 「別にわざわざ言ってないんだけど…樋口家の息子だって予約の段階でバレたんじゃねぇかな……だからチェックインの手続きもパス出来たんだと思う……こういうこと、よくあるんだ」 「そうなんだ…!」 「ほんといらんお世話だけどな………」 「……?爽?」 「いや………なんでもない……さ、ほら3階だよ」 エレベーターが到着して外に出る。 爽……… 一瞬辛そうな顔に見えたけど……俺の気のせい? 廊下を抜けると、濃紺の重厚なドアがお出迎えしてくれた。駐車場からここまで、出会った人は受付の女性だけ。嫌に静かだ。 「……なんか、すごいシンとしてるねぇ……こんな誰にもすれ違わないもん?」 「あー……ここ、客室10部屋くらいしか無いから」 「じゅっ…10部屋!!?建物こんな大きいのに!?」 「ひとつひとつの部屋がでけーから」 鍵が開いた瞬間、爽にグッと腕を掴まれて中に引きずり込まれた。 「わっ…!!?エッ!!?」 靴も脱がず、玄関でギュッと力強く抱きしめられて息が止まる。 「っ!?爽っ……?」 「………」 「……?どう、したの…?」 「………いや、やっと………誰の目も気にしなくて良くなったから……なんか、たまんなくて…」 「………」 「我慢すんのって……結構キツイな?」 爽の声はなんだかいつもより掠れて聞こえて……俺の角度からじゃ顔は見えないけど、普段と様子が違うことをなんとなく感じ取ってしまった。 「………ねぇ爽………なんか、嫌なことあった……?」 「………なんで?」 「なんか………いつもと違う………」 「……俺、そんな変…?」 「変っていうか………うーん……うまく説明できないけど……いつもの爽じゃない」 「……そっか…………」 爽は俺の身体を放すとゆっくり頭を撫でてくれる。やっぱり、いつもと顔つきがちょっと違う。手は……変わらず優しいけど。 「あの………もしかして………さっきのチェックインの時のこと…?」 「……」 「当たり……?」 俺にはイマイチ理由がわからないけど、どうやら図星のようだ。 「この前……要も言ってたけど……」 「え?」 「あきは………自分のこと以外には鋭いよな……普段はポヤポヤなのに……」 「………それ、褒めてる?」 「ふふっ…褒めては…ねーのかも」 「ねぇー!みんなしてひどいーっ!!!」 俺が叫ぶと、爽は小さく笑った。 たぶん爽……すごくモヤモヤしてる。 だけど、無理矢理理由を聞き出す気にはなれない。きっと…言いたくなったら自分から言ってくれるだろうしね。 なら、俺は大人しく待つしかない。 「中、入っていい?」 「もちろん」 玄関先の扉を開けると、想像していた10倍は広い部屋に絶句した。 「…………はぁ!!!?」 「ブハッ…!!!」 「ちょっと…広すぎないっ!!!!?ハァーーーー!?何人で泊まる気なの!!!!?」 「あははははははっ!!!!!お前っ…反応よすぎっ!!!」 「何この部屋!!!!?何これ!!!?」 「ぶふっ…!語彙力が追いついてねーじゃん」 部屋全体を見渡して、あまりの豪華さに空いた口が塞がらない。一体…何平米あるんだ…! 部屋全体はグレー系のモダンな家具で統一されていて、寝室、リビング、キッチンに一切の仕切りが無く大きなひとつの部屋になっている。床は真っ黒で艶々な大理石。壁際には大きな暖炉があって、冬場はきっとこれで暖を取るのだろう。部屋の片側が床から天井まで全てガラス張りで、そこから北海道の大自然を思う存分堪能できるようになっている。その窓ガラスの横にはまさかの鉄板焼き専用の部屋があって、そこも全面ガラス張りになっている。 この部屋……どう考えたって…… 「………スイート?」 「お、正解……ここスイートルーム」 「……………ドン引き」 「いやなんでだよ!!!?」 「ねぇ、俺庶民なんだってば!!!!」 「嬉しくねーの?」 「う、嬉しいよ!!?嬉しいけど……でも、正直ビビってる…!!!」 俺は頭を抱えて呆然と立ち尽くす。 いくら爽が超絶お金持ちの御曹司でも、まさかここまでするなんて思ってもいなかった。さっきお金のことについて説教したばかりなのに……!! 「今回は……ハネムーンだからさ、お金のこと多目に見てくれるよな?」 「むぅ……」 「あき~お願い…2人での初めての旅行は、これで最初で最後なんだよ?お金なんかより、大事なことがあると思わねぇ!?」 「……はぁ~………まぁ、そうだよね……」 「うん、だから楽しもう?絶対今回だけだから!!」 「………あーもぉ…!!負けたぁ…」 「ほんとか!?」 「……うんっ……ほんとは俺、めちゃくちゃワクワクしてる!!!」 そうだよね。 折角こんないいお宿に泊まるのに……楽しまなきゃ損だ。今回だけは、折れてあげよう。 俺は再び隣にいた爽にギュッと抱きついて、頭を擦り寄せる。 「くっそかわいいな……」 「えへへ~うれしーっ」 「…………なぁ、あき…?」 「んー?」 「一旦着替えて、外行かね?」 「えっ……着替え…?」 「うん、浴衣」

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