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例えば及ばぬ恋として【旅行編】8
「…………」
「あき?着いたぞ」
「…………」
「?どした…?降りないのか?」
爽は車を停めた後すぐに外に出て、助手席のドアを開いた。そして、固まっている俺の顔を覗き込む。
「爽………」
「ん?」
「やり過ぎだってば………」
「え?」
「……こんな高そうな宿なんて俺聞いてない…!」
「………お前、忘れてない?」
「……なにを?」
爽に手を引かれて車から降りると、真っ直ぐな瞳で見下ろされた。
「これ、ハネムーンだからな?」
「………あ………でも、それって……爽が言ってるだけで…本当にハネムーンなわけじゃないでしょ?だって…俺たちはまだ許嫁で……本当に結婚してるわけじゃ…」
「あき」
爽は俺の唇に人差し指を押し付けると、ニコッと優しく笑った。
「なんか………不安?」
「………ふ……不安っていうか……いいのかなって……」
「………はい?」
「爽……俺にすごいたくさんお金使うから……」
爽は、よくわからないという顔で俺を見る。
そうだよね……爽からしたら、別に普通のことなんだもん。
金銭感覚の違いは、一緒に暮らしていたって簡単に合わせられるようなものじゃない。
「あき……ごめん、俺………なんであきがそんな顔するのか…全然わからない……」
「………」
「でも……、ちゃんと話し合って…わかり合おう?」
「え……」
「もう、前みたいにすれ違うのはごめんだからさ………」
俺の頬を撫でて微笑んだ爽の瞳は、とても澄んでいて……何故かキラキラと光って見えた。
その瞬間、揺れていた心がゆっくりと鎮まっていくような感覚がして…不思議と安心してしまった。
そうだ………
俺たちは…前とは違う。
爽の目は……俺を肯定してくれてる。
爽と過ごした日々が、俺にそのことをちゃんと理解させてくれた。
もう、間違えたりしない。
「………うんっ!」
「ん……じゃあ、あきの思ってたこと…教えてくれる?」
「うん……わかった」
俺は珍しく、自分から爽の手を握った。
たぶん、安心したかったんだと思う。
「俺ね………爽は俺にお金使いすぎだって思うの……」
「………それは、……嫌ってこと?」
「……端的に言えば、そう……」
「どうして……?」
これは……爽と暮らし始めた時から、ずっと思っていたこと。
爽は俺に対して財布の紐がゆるゆるみたいで……事あるごとに俺にお金を使ってくれる。最初は、学生の俺に気を遣ってくれているのだとそんなに気にしていなかったけど……付き合い始めてから完全に一線を越えてしまった。
さっきのチョコレートみたいに、数千円程度の話なら俺だって何も言わない。
でも、
旭を呼び寄せた時の飛行機代もそうだし……今回の旅費に至っては……飛行機、レンタカー、お宿代まで……全て勝手に支払われていた。
それも、俺への相談一切なしにだ。
世の中には、男性にお金を払ってもらえるのを良しとする女性は多いのかもしれない。だけど俺はそもそも男だし、それ以前にこれじゃあ…まるで……
「俺……お金目当てみたいじゃない?」
「………え?」
「爽にお金を出させるたびに感じてたの……俺は爽のこと本気で好きなのに……これじゃ、説得力…なくない?」
「………あき」
「お金で囲われることに慣れたくないし、俺はそんなの望んでない……」
「………」
「俺は、爽にお金があってもなくても……どっちでもいいの」
なんだか話している間にグッと感情が込み上げてきて、視線がだんだん下がっていく。
「…金銭面で爽と対等になることは…大学卒業して就職したって俺には多分無理……でもね、1人の人間として誰に恥じる事なく………爽の隣にいたい」
「………」
しばしの沈黙が少し気まずい。
爽といて気まずいなんてなかなかレアな状況だ。
たぶん……俺が色々考えていたように、爽もきっとこれまで色々考えてくれていたんだと思う。
良かれと思ってしてくれていることもわかってる。それでも俺は………
「そっ……か……」
「………」
「……悩ませてごめんな、あき……」
「えっ…いや、爽は悪くないよ?これは、俺のわがままで…!」
「俺……、あきの天使っぷりをみくびってたわ…」
「…え?」
「この世に……恋人に金を使われるのが嫌な奴がいるなんて……思ってもいなかった」
「………それは…………偏見じゃない?」
「いや………実際、俺が今まで付き合った相手はみんな金目当てだったし…金使ってやればみんな喜んでたから……」
「…………なんで……?爽は……なんでそんな人たちと…付き合ってたの?」
「……言ったろ?俺、お前に気持ち伝えるまで……相当拗れてたんだよ……」
爽は俺が子供の時からずっと俺が好きで………そのせいか"恋愛"する事自体を諦めていた節がある。
そっか………
わからなくて当然なんだ。
きっと、爽にとってもこれが初めての……本気の恋愛なんだから。
俺は爽の頬に手を這わせて、いつもしてもらっているように優しく撫でる。
「あ、き…?」
「爽は俺と一緒なんだね……」
「……?」
「俺と同じ……恋愛初心者ってこと!」
「……え、」
「俺と一緒に恋を学んで、俺と一緒に生きていく………そうやって、2人で成長していくんだなぁって…俺も今わかった!」
俺が微笑みかけると、爽は心底驚いた顔をして……それからまた、優しい瞳で俺を見つめ返した。
「…………お前…」
「……ん?」
「……マジで天使だな…」
「えへへ~!…だからね、俺から改めてお願い!」
「………うん」
「俺のために、お金を使いすぎない事!」
「………わかった……けど、お前が大人になるまでは……なるべく俺に出させてくれるか?」
「…………」
「頼むよ……あきはまだ学生だし…就職するまでは……俺に花……持たせてくれない?」
爽の問いかけに、俺はどうしたものかと目を泳がせる。
「……ダメ?」
「……………わかった…よろしく、お願いします」
「よっしゃー!!」
「でも、使いすぎはダメだよ!?」
「わかってるって!!」
まぁ……そうだよね。
爽には爽の思いがあるよね。
きっとここら辺が妥協点なんだろう。
こうなったら……俺が就職した暁には、爽をサプライズで旅行に連れ出してやるっ!!
スーッと音がして、
心の中でずっと抱え込んだままだった負の感情が、一気に消えていった。
話してよかった。っていうか……爽が話させてくれたんだよね。
すごいなぁ爽は……俺がどうして欲しいか、いつも考えてくれる……
勢いをつけてギュッと爽の腰に抱きつくと、爽は優しくトントンと背中を撫でてくれた。
「………甘えんぼ?」
「違うもんっ……俺が、爽のこと…抱っこしてあげたくなっただけ」
「あははっ!そっか…ありがと」
「…うんっ」
「ふふっ………じゃ、あき…行こっか」
「うんっ!楽しみっ!」
爽はトランクから荷物を全て出してくれて、そのまま俺の手を引いて宿の入り口に向かう。
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