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例えば及ばぬ恋として【旅行編】12

「俺……1人息子だから、祖父母とか親戚からめちゃくちゃ期待受けててさ……」 「…うん」 「小さい頃はそれを嬉しく思ってたけど、だんだんそのプレッシャーに応えることが苦しくなって……俺は何のために生まれたんだろうとか、どうしてこんな思いをしてまで頑張らなきゃならないんだろうとか……親にも言えない気持ち抱えるようになったんだ」 爽の口から語られる昔話は、俺からしたら全く想像もしていなかったものだった。 だって、俺の知ってる爽は……いつも完璧な王子様。 その爽が………こんな思いをしていたなんて…… 「俺、器用貧乏っていうか…教えられなくても結構得意なことが多くて……だから余計に周りの期待煽っちゃったんだと思うんだけど……でも、身体が弱いせいでやらなきゃいけないことがだんだんこなせなくなって……そしたら、影でコソコソ文句言われるようになった」 「……なに、それ……」 「まぁ、俺がダメになったほうが都合がいい大人も沢山いたから……仕方ないって今は思うよ…?けど、その時は子供だったから…正直キツかった」 「………っ」 過去のことだとわかっていても…悔しくて、唇が震える。 大好きな人の悲しい瞳を見て、心が抉られるようだった。 一体誰が、俺の爽をこんなに傷つけたの……? 「俺はあの時、"樋口 爽"であることしか、自分には価値がないと思ってた…」 「そんなこと…!!」 「うん………、ふふっ……わかってるよあき……」 「え?」 「俺があきを好きになったのは、ちょうどその頃だから」 爽は俺の頭をゆっくりと撫でてそのまま耳をスリスリとさすった。 指先からも、笑顔からも、俺への気持ちがダイレクトに伝わる。 「実は、それまで俺…あきのことちょっと苦手だったんだ」 「…えっ!?」 俺が首を傾げると、爽はニコッと笑って詳細を話してくれた。 爽曰く、その日はいつものように日下部家がみんなで樋口家にお邪魔してて、全員がリビングに集まっていたらしい。爽は最初こそその場に顔を出したけど、勉強しなきゃいけないからって嘘をついて…すぐに抜け出して部屋に戻ったそうだ。 「日下部家自体はみんないい人だってわかってたし、好きではあったけど…あきに対しては正直いい印象がなかった………たぶん、今考えたら嫉妬してたんだと思う」 「嫉妬…?」 「うん………、あきは当時からいつも笑顔で、楽しそうで…周りを幸せにしてくれる天使だっただろ?何のしがらみもなく、生きているだけでみんなに愛される……そんなあきが羨ましかったんだと思う」 「……たぶん、何も考えてなかったよ?俺…」 「それでも…、お前の愛され力は…嫉妬するには十分だったよ?」 爽がそんなこと思ってたなんて……全然知らなかった。 俺の存在が少しでも爽の心の重荷になってた時期があったなんて……正直、ちょっとショックだ。 「それにお前、うちに来るたびに俺の部屋に入り浸るんだもん…俺が泣いててもお構いなしにズカズカ入ってきて…で、隣でニコニコ笑ってんの」 「…ゲッ……!すっごい無神経」 「あははっ!だろ?……でもな、ある時俺お前に聞いたんだよ……」 「なにを…?」 『なぁ、あき……』 『んー、なぁに?』 『何でお前いっつも俺の部屋に来んの?つまんねーだろ…この部屋なんも無いし……旭と一緒にリビングにいりゃいーじゃん』 『えーやだぁ』 『なんでだよ……』 『だって、あき…爽お兄ちゃんと一緒にいたいもん』 『……は?なんで?』 『わかんない!でも、一緒がいい!』 『………俺、泣いてんのに?』 『んー………あきもね、泣き虫さんだからわかるんだよ?』 『…え?』 『ひとりぼっちで泣くのやだもん!』 「その時にやっと気付いたんだよ……あきは自分のためじゃなくて、俺のためにそばにいてくれてたんだって」 「………」 「あきに見えてたのは最初から、"樋口 爽"じゃない……自分と同じ…ただの、泣き虫の男の子だったんだなって思った瞬間、"呪い"が解けた気がした」 爽は、魔法みたいだろ?っとニコッと笑った。 中庭にスーッと心地よい風が抜けて、色付き始めた植物たちがカサカサと音を立てる。 「それが、俺があきに恋した瞬間だよ」 呟いた瞬間、たぶん爽は……俺にキスを仕掛けようとした。 だけど、人目のある場所でキスするなっていう俺との約束を思い出したのか…一瞬グッと堪える顔に変わって…次の瞬間動きが完全にストップした。俺はそれに、思わず吹き出す。 「ブッ…!!!あはははっ!!!えらいよ爽っ…!よく我慢したね!!!」 「…~っ…!!クッソォ……!!!かっこつかねぇ……!!!」 「あははっ!!!!」 爽は片手で顔を押さえて、苦虫を噛み潰したような表情でこっちを見る。 王子様はどこいった。王子様は。 「ねぇ、爽……俺さぁ……」 「ん?」 「その話……すっごく嬉しいけど……1ミリも覚えてない………」 「わかってるって!!!言ったろ?当時お前5歳!覚えてるほうがこえーよ」 爽の部屋にたくさん遊びに行ったことはなんとなーく覚えてるけど、話した内容まではサッパリだ。 だけど、確かに… 俺は爽に会いたくて、あの家に行っていた。 「だから、俺の"呪い"はあきのおかげでもうほとんど解けてるけど………樋口家の人間として特別扱いされたり、お金持ちだよなーって言われることには…いまだに心のどこかで抵抗があるんだ」 「……あ、それで爽……ボンボンって言われるの嫌いなんだ……!」 「そういうこと」 ……なるほど。 ずっと疑問だったことがようやくわかった。 「そっか………俺、今まで何回も言っちゃってた……ごめんね?」 「いや…、親が金持ちなのは俺が何かして変わるわけじゃねーし……もういい加減認めてるよ」 「………自分が大金持ちの御曹司だって?」 「………あ、いやー………なんかソレすげー間抜けだな」 「………そうかも」 「「ブハッ!!!!」」 なんだか訳の分からない着地点に到達して、2人同時に吹き出した。 しばらく2人でお腹を抱えて爆笑して、 それからゆっくり…俺は爽の肩に頭を乗せた。 「ふふっ……!はぁ…、爽…スッキリした?」 「……ん、スッキリした…」 「そっか……よかった」 「これで心置きなく………」 「…ん?」 「お前のこと抱ける」 爽のセリフに、漫画みたいに心臓がドックンと飛び跳ねた。 考えないようにしてたのに……!!! 「それ、関係ある!?」 「あるある!あきは俺に身も心も差し出すのに、俺はお前に見せてないとこがあるの…ずっとモヤモヤしてたから」 「………爽…」 「だって、初体験だぞ?人生で1回きりの特別なものを奪うのに……俺も中途半端な気持ちじゃないって……示したかったし……ほんとに話せてよかった」 爽はめちゃくちゃスッキリした顔をしていて、嬉しいけど……少し照れる。 俺の初めてなんて、そんなに大事にしてもらうようなものでも無いのにな…… 「……と、その前に夜ご飯食べなきゃな?」 「……夜ご飯?」 「そう、部屋に鉄板焼きのブースがあったろ?夕飯はあそこで鉄板焼きのフルコース!めちゃくちゃいい肉頼んどいた!!!」 「……!!!マジ!!!?」 「うん!あ…無駄遣いとか言わないよな!?」 「ご飯は許す!!!!」 興奮を隠せない俺に、爽はケラケラ笑いながら立ち上がる。 そして、俺の手を取り……綺麗に微笑んだ。 「さぁ、部屋に戻ろう……」 「……うんっ!」 「さっさと夕飯食べて……それからゆっくりあきを食う!!!」 「……ちょっと!!!マジ下品なんだけどっ!!!!」 …To be continued.

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