103 / 203
例えば及ばぬ恋として【初夜編】1
例えば、いま始まろうとしている恋が
絶対に叶うはずもなかったとしたら……
あなたならどうしますか?
俺があきに片想いしていた期間は、13年。
それは同時に、俺が恋を諦め続けてきた年数でもある。報われるはずのない想いを抱えて、叶うはずのない未来を夢見て、絶望なんて言葉じゃ到底言い表せない……そんな日々を生きてきた。
だけど、その及ぶはずのなかった想いが……振り向くはずのなかった相手が……
自分の方を向いて、好きだと言った。
この気持ちが成就しただけで…奇跡だったのに、
彼は、これから……一番大切なものを俺にくれる。
もうきっと、この先の未来……
俺は、彼以上の存在には…
決して出会わない。
シャワーを浴び終えて一息つき、バルコニーに出て真上に顔を向ける。日中より少し気温が下がって、目の前の真っ黒いキャンバスに広がるのは満点の星空だ。
間違いなく、俺が今まで見た中で一番美しい景色だろう。
ここは空気が綺麗で、灯りが少ないし…その上今日は月が出ていない。この条件が揃ったからこそ、これほど沢山の星が肉眼で見えるのだろう。
さすが北海道……
この景色のためなら、少々の肌寒さには目をつぶってしまえる。
カラカラ…
「……爽…?」
バルコニーの窓を開ける音と共に聞こえてきたかわいらしい声に振り向くと、ほんのりと頬を赤く染めた恋人が立っていた。
というのも、この部屋には普通のシャワー室と、内風呂と、露天風呂…計3つも浴室が完備されていたので、あきの希望もあって俺たちは別々に浴室を使って……今に至る。
まぁ、あきからしたら色々準備もあるから別々に使いたい気持ちもわかるけど……俺は正直一緒に入りたかった。
当然のように全力で拒否されたけど。
「あき………」
「なに、してるの…?」
「ああ、星見てた」
「星…?」
浴衣姿で佇む彼は、この満点の星空に負けない程キラキラと輝いている。そりゃあもう、ラメでも舞ってるのかと思うほど眩しい。
9つ年下の、外見も中身も完璧な男の子。
日下部 暁人は俺が出会った誰よりも美しく、純粋で、身も心も真っ白だ。
「うん…でも、あきはこっち来ちゃダメ」
「え?なんで…?」
「寒いからダメ……湯冷めしちゃうよ?」
「……爽こそ…まだ髪ちょっと濡れてるじゃん……またドライヤーサボったでしょ…?」
「ふはっ……バレてんなぁ…」
星は部屋の中からでも見えるから、と言って俺も一緒に中に入る。
手を握るとポカポカと暖かくて、なんだかキュンとしてしまった。あきは末端冷え性気味で普段結構手が冷たいから、この体温は新鮮。お風呂上がり限定の特典だ。
旅行の話が持ち上がった日からかれこれ…2ヶ月弱。念願のハネムーンを決行するまで、俺は水面下で相当準備に準備を重ねてきた。
旅行の計画はもちろんのこと、旭をオーストラリアから帰国させる手配、あきのご両親への挨拶、それから俺の出張中にあきに"宿題"を出すことも忘れなかった。
そしてなにより…その期間ずっとあきへの欲望を抑え込み続けることも、俺にとっては大切な準備だった。
全てはあきの初体験をより特別にするための…布石。
正直…この旅の最終的な目的は今夜あきを抱くことではあったけれど、実際にあきと旅行に来てみて改めて自分の中での"日下部 暁人"という人間の存在のデカさを思い知らされた。なぜなら俺は、自他共に認める大の旅行嫌いだったから。結局あき相手じゃそんな感情はあってないようなものだったわけだけど。
つまり……、死ぬほど楽しかった。
誰かとどこかに行くことに、こんな風に喜びを感じるなんて……相手があきじゃなきゃ…これから先も絶対あり得ないな……
「今部屋の電気消すからちょっと待って」
「…………エ!!!?もう!!!?」
「……はい?」
「はっ…早くない…!?」
急に真っ赤になって俯く恋人に意味がわからず、少し考えて…
やっとピンと来た。
ああ、なんだ……そういう意味か。
「ふっ…!!ちっげーよ!電気消した方が星、綺麗に見えんの」
「えっ………えっ!!?」
「それとも、あきはもうセックスのことで頭いっぱいで……待てないとか?」
「なっ…あっ…!?だってっ…!!」
「ブハッ!!!もーお前ほんっとかわいいな…!」
「…っ、うーっ…!いじわるっ…!」
いつものように両手で顔を覆って真っ赤な顔を隠すあきは、もう…たまらなく愛おしい。この仕草に、いつだって俺はやられてしまうんだ。
あきの中では、電気を消す=セックス開始の合図ってことか…。なんか、想像が1人歩きしてる感あるな。ピュアでかわいい。
「ってか…お前なんか勘違いしてるけど」
「え?」
「俺、あきの全部を脳味噌に焼き付ける予定だから…セックスする時は電気消さねーよ?」
「…はぁ!?ねぇー!!!爽ってほんと変態っ!!!!絶対ヤダッ!!!!」
予想通りの反応に爆笑しつつ、部屋の電気を消す。
その瞬間、全力でキャンキャン吠えていたあきが急に押し黙った。そしてそのまま、窓の外を見上げて…固まる。
俺はゆっくりあきの隣まで歩いて行き、空に向けられた恋人の顔を横から覗き込んだ。
以前、先祖返りだと教えてくれた色素の薄いグレーの瞳の神々しさに、思わず息を呑む。あきの潤んだ瞳の中には、満天の星空が綺麗に反射していて…まるで宝石の海のよう。
さっき…今までで一番の景色と思ったものは、いとも簡単に更新されてしまったみたいだ。
俺は馬鹿だな……
今この瞬間のあきの瞳より美しいものなんて……
この世にはない。
「うわぁ………すごいっ……!!」
「めちゃくちゃ綺麗だろ?」
「うんっ…!!!星って……肉眼でもこんな沢山見えるんだ……!」
「……普段見てる空とは全然違うよな」
「ほんと…全然違う……プラネタリウムみたい……!」
あきはポカンと口を開けて、星空を見つめる。俺はその姿をしばらく黙って見守り続けた。
無垢で愛しい、俺だけの天使。
これから俺のこの手で、彼の運命を捻じ曲げる。それに罪悪感がないなんて……そんな嘘、俺には言えない。
13年前…彼に片想いを始めた日は、まさかこんな未来が来るなんて予想もしていなかった。すぐに終わりを迎えるはずだった淡い恋心は、自分でも制御することが叶わないまま順調に育ち続けて……いまやこの有様だ。
少々……いや、だいぶ愛が行き過ぎている自覚はある。
だからこそ俺は、今日この日を迎えるまで沢山のことを自分に強いてこられた。
だって、相手は生涯で唯一愛した人だ。
特別扱いして、何が悪い?
ロマンチックな雰囲気のまま、薄暗い部屋の窓辺で数分佇む。このままもう暫くあきとこの大自然を楽しむのも悪くはない。
……悪くはないけど、少々焦ったい気持ちもある。
さて……
どうやってこの天使をベッドに誘おうかな。
そんなことを考えていた矢先、隣であきが小さく口を開いた。
ともだちにシェアしよう!