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例えば及ばぬ恋として【初夜編】2

「…………ご、ご飯……」 「…ん?」 「ご飯……おいし、かった…ね?」 「…え…?…ああ…うん、美味かった」 「……だよね?あの…えっと、お肉が分厚くて…あと、お野菜がすっごく新鮮だった!それと、海鮮系なんてさすが北海道ってクオリティだったし!それで…」 ついさっきまで星に夢中になっていたはずのあきが、急に饒舌になった。この謎すぎる状況に、俺は首を傾げる。 確かに夕飯は最高だった。 俺が手配した鉄板焼きのフルコースは、自他共に認める大食いのあき仕様。前菜からデザートまで全てあきが量を自分で選べるように事前に話を通しておいた。 あきのリアクションは想像以上で、美味しい美味しいと連呼する可愛らしさはもちろん、見た目じゃ考えられないほどの食べっぷりの良さも相まって…シェフも大喜び。最高のディナーだった。 …だけど、これ今話すことか? 風呂に入る前、散々夕飯美味しかったねって語り合ったのに。 キョロキョロと目を泳がせながら必死に言葉を探すあきに、ようやくピンと来た。 コイツ、もしかして……… 「ほら、デザートも俺の好きなザッハトルテだったでしょ?あれってやっぱり、爽が手配して…」 「あき」 「…えっ、な、に?」 「……お前……怖いの?」 「…へ?」 「セックス、怖い?」 俺の問いかけに、あきはわかりやすく表情が硬くなる。潤んだ瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそう。 そっか…… 今日は最後まで抱くと散々宣言したんだ。予告無しで始まるのとは訳が違う。何をするかわかっているからこその恐怖って、やっぱりあるよな。 「図星……か」 「あ………、ごめんっ…覚悟はちゃんと出来てるんだよ!?俺も楽しみにしてたし!!でも、なんか…いよいよって思ったらっ…動揺しちゃって…!爽のことが、怖いわけじゃなくてっ…!その、」 「大丈夫」 「……え…」 「大丈夫だよあき、俺も……怖い」 「えっ…?爽も、怖いの…?」 驚くあきに、一度笑いかけて…そしてゆっくり頬に手を滑らせる。ピンクに色付いた滑らかなかわいいほっぺは、相変わらず最高の触り心地だ。 「もちろん、怖いよ?失敗してあきに嫌われたらどうしようとか、痛い思いさせてもうしたくないって言われたらどうしようとか……俺も…そういう、不安ばっかり……」 「……」 「だから、大丈夫……」 「……爽、」 「好きな人と寝るのに緊張しないわけないし、怖くないわけないよ…?」 「……俺たち、…同じなの?」 「うん、同じ……」 あきは俺の言葉にようやく安心したようで、やっといつもの笑顔を見せてくれた。おでこ同士を合わせて微笑み返すと、あきも俺の腰に腕を回してくれた。密着した体勢故に、あきの身体からも、髪からもダイレクトに甘い香りが漂ってきて…正直たまらない。 だけど……あきはまだ何か言いたげで、俺はそれを黙って見守る。俺の天使は…今度は何を言うのかな。 「……爽?」 「ん?どうした?」 「………あのね、」 「なに?」 「あの……今日は、全然ちゅーしてくれないね…?」 「…え」 「だって…!飛行機の中でされてから、1回も口にされないからっ…そりゃ、外ではしないでって俺が言ったけど……部屋で2人っきりになってからもずっとしないからっ…不思議で…!」 必死に訴えかけるあきがかわいくて、思わず吹き出す。 ああ、そっか……それを気にしていたのか。俺の恋人は…なんてかわいいんだろう。 「ちょ…、爽!?なんで笑うのっ!?」 「あーいや……うん、そうだよな?俺、……ちょっと我慢しすぎてた?」 「………えっと………、うん……」 「ふはっ…!あきもちゅーしたかったの?」 「わかってるくせにっ…!なんでいちいちっ…!」 また顔を隠そうとしたあきの両手首を捕まえると、驚いた顔で俺を見上げる。 「な……、に…?」 「俺も、ずっとしたかった…一日中」 「……っ」 「いや…違うな……俺は…13年前から、ずっとお前にキスしたかった」 「爽……?」 俺はあきの手首を解放して、そのまま両手で小さな顔を包み込んだ。本当に、嘘みたいにちっちゃくて…愛しい。 俺の反応が予想していたものと違ったんだろう…よくわからないと表情で訴えかけられる。 「俺、お前とこうなって………ひとつだけ後悔してることがあるんだ」 「………え…?後、…悔?」 「うん……キスのこと」 「……キス…?」 そう、俺はずっと後悔していた。 まだあきと付き合う……少し前の話だけど。 「あきは俺たちが初めてキスした日のこと…覚えてる?」 「…………えっ…と………あ!山か…じゃなかった…、チョコレートの事件の……とき?」 「そう………あのとき」 「じゃあ……爽の後悔って…」 「うん……、お前のファーストキスを……あんな最低な流れで奪ったこと」 あの日、あきの身体を早く楽にしてやりたくて……倫理的に良くないとわかっていながら、この美しい身体に触れた。それでも俺は、あの瞬間あきの身体に触ったこと自体には1ミリも後悔していない。あの行為は、あくまであきの為だったから。 だけど、あの日…俺はあきに初めてキスをしたんだ。 あのキスだけは、あきのためじゃない。自分の欲望で……奪った。 「俺…ずっと後悔してた……あんな風にするべきじゃなかったって……」 「………」 「お前のファーストキスを……お前の許可なく…俺の欲望で勝手に…」 「爽」 あきは俺の言葉を遮るように名前を呟いた。その瞳は一点の汚れもなく、俺を見据える。 「なんで……そんなこと言うの?俺、嬉しかったんだよ…?」 「…え」 「あの事件の前…1ヶ月くらい気まずかったの覚えてる?」 「……もちろん、覚えてる…」 「爽の態度が急に変わって…俺めちゃくちゃ悩んでて……でもね、あの日キスされて…触ってもらえて……死ぬほど嬉しかった……ストーカーのことなんて、どうでもよくなるくらい」 「………あき」 「爽にとっては、"最低な流れ"だったのかもしれないけど……俺にとっては……ちゃんと特別な、ファーストキスだったんだよ…?」 ニコッと恥ずかしそうにはにかんだあきの愛しさに、思わず胸がギュッと苦しくなった。 なんだそっか……… あきにとってはいい思い出になってたんだ…… あきがそう思ってくれてるとわかっただけで…なんだか少し、罪悪感がマシになった気がした。もちろん、完全にじゃないけど。

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