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キスする前に出来ること【疑惑編】1
※スピンオフ(恭介×要)のお話です。
"女は非常に完成した悪魔である"
ヴィクトル・ユーゴーのこの名言は、俺にとって人生そのものだ。
生物学的に言えば、この世界に人間は2種類しかいない。
…にも関わらず、その片方を避けて生きなければならないなんてもはや笑い話だ。
この歳になれば俺だって、女の全てが"悪魔"じゃないことはちゃんと理解している。それでもいまだに癒えない傷に、自分でも時々嫌気が差す。
あの日がなければ、
女を恐れることも、性行為を嫌悪することも、死にたいと願うことも…きっとなかった。
だけど……あの日があったから、
俺は、
恭介を好きになったんだ。
「ねぇねぇ、要…?…ほんとにどうしたの?」
「………ん?」
「なんか、魂が抜けたみたいな顔してるよ?」
「………んー…」
頬杖をついた暁人が、俯いていた俺の顔を覗き込む。今日も今日とて、俺の親友は実に可憐だ。サラサラの黒髪は艶々で、天使の輪っかが出来ている。この外見で…この性格。そりゃ、完璧と名高い俺の再従兄弟(はとこ)も夢中になるわけだ。
テーブルには暁人が自宅で作ってきてくれたタルトと、俺が持参したティーセットが広げられている。
「それに…寝癖直しも甘すぎる…!ほらここ!後ろ跳ねてるよ?要が身嗜みに手を抜くなんて…あり得ない!」
「グッ…相変わらず目敏いなぁ…」
「……あ!!わかった!恭ちゃんとなんかあったんでしょ!」
「はぁ~………お前は俺のこと……マジでよくわかってる……」
大きなため息と共にテーブルに突っ伏す。それと同時に、暁人はせっせと俺の寝癖直しを始めた。一体どこから出したんだその霧吹き…。ドラ◯もんかよ。
全く……俺もコイツもくそマイペースだな。
12月中旬。外の気温はもうかなり下がって、街ゆく人は皆コートにマフラーがデフォルトになった。ただでさえ出不精な上寒さに弱い俺は、用事がなきゃ絶対外に出ないけど。
今日は例の如く、大学の空き教室で暁人と2人でお茶をしている。俺はもう3年の後期で単位もほとんど取り終わっているから、本当はそんなに頻繁に学校に来る必要はないけど…最近暁人に会えるタイミングがなかなか無くて…それでわざわざここまで来たってわけ。
なんせ、暁人は…大学とバイトと爽の世話で大忙しだから。
「えっ……!このタルトうっま…!!」
「ほんと!?やったぁー!!要の好みドンピシャでしょ?」
「うん!!マジでうまい!!暁人天才!!誕生日に作ってくれたケーキも美味かったけど…これも最高!!」
「えへへ~嬉しい~っ」
先月無事に21歳を迎えた俺を、暁人は引くほどでかいチーズケーキで祝ってくれた。ワイン好きの俺に合わせてチーズケーキをチョイスするあたりに…センスの良さが滲み出ていた。
あ…ワインと言えば…。
未成年の暁人には俺のワイン狂いをずっとひた隠しにしていたんだけど…何故か爽によってその秘密は洗いざらいバラされていた。爽的には、"暁人に酒飲ませるわけじゃねーのになんで要がワインのこと秘密にしてたのか全くもって意味不明"だったらしい。
そりゃ俺もちょっと過保護すぎたかなとは思うけどさ…勝手に言う事なくね?暁人からハネムーンのお土産にワインを出された時は、正直マジで冷や汗かいたっつの。
でも、いざバレてみたら…むしろバラしてくれてよかったな…と思えてしまった。
素直でピュアな親友に嘘をつき続けるのは気持ち的にもしんどかったし、それに…バレた事で暁人は俺のためにワインに合う料理をたくさん作ってくれるようになったから。
このタルトも…なんだかワインと合いそう。
っていうか……この世にワインと合わない食材は、俺の中では無いんだけどな?
「…にしても、これなんのタルトだ?はちみつ……?」
「これはねぇ~トリークルタルトだよ!」
「…トリークルって………あー!イギリスの?」
名前を言われて、なんとなく思い出した。イギリスの伝統菓子だ。糖蜜のシロップを使った死ぬほど甘いタルト。確か…某有名な魔法使いの男の子の好物だったっけ……?
暁人もよくこんなマイナーなタルト知ってんなぁ。楓さんからでも聞いたのか…?
「そうそう…!さっすが甘党!よく知ってるねぇ~」
「知ってるけど初めて食べた……噂に違わぬ甘さの暴力…」
「あれ?…甘すぎだった?」
「いや、ちょうどいい」
俺の返事に暁人は、だよね~!と呟きながらケラケラ笑う。
「…って、違う違う!タルトの話はいいんだってば!!」
「えー」
「ほら要、何があったかちゃんと話して?」
「……」
「ゆっくりでいいから」
「………はぁ、わかった………」
俺は頭を掻きながら、潔く話を切り出す決意をする。
だって…この顔をしている時の暁人は、絶対折れてくれねーもん。
「なんていうか……考えなきゃいけないことがありすぎて……爆発しそうなんだよ俺………」
「………えっと……それは、恭ちゃんのことで?」
「……その他のこともあるけど……まぁ、主にアイツのことかな……」
「一体何があったの?」
「…俺もわっかんねぇ…………でも、アイツ最近……なんか変なんだ」
「変……?あの、…言っちゃ悪いけど…俺から見たら……恭ちゃんはいつも変だよ?」
「そんなん俺もわかってるっつの!そーじゃなくて……なんか……俺に隠し事してる」
「えー…?恭ちゃんが要に?うっそぉ…?」
暁人は絶対あり得ないでしょって顔で、眉間に皺を寄せた。
そりゃ…な。誰だって普段のアイツを知ってりゃそう思う。
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