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キスする前に出来ること【真相編】6

「………要くん?」 すぐ後ろから声がして、俺も男も同時に振り返る。 そこには学ラン姿の高校生がワイヤレスのイヤホンを外しながら呆然と立ち尽くしている。赤と紺のタータンチェックのマフラーがサラサラの茶髪に映える、長身の涼やかな美少年。 他でもない…日下部 旭その人だった。 「要くん…?どう、したの…?」 「あっ、旭…!」 旭は俺の青白い顔と、車に押し込まれそうになっている状況を見て…すぐにピンと来たようだ。さすが旭……爆裂に勘がいい。みるみるうちに顔が険しくなった。 「………あなた、要くんのお知り合いですか?」 「…えっ、いや、」 「…今すぐその人から手を離してください」 「ハ!?なんだよお前っ…!邪魔すんじゃね…」 「…離せ」 一切瞬きをせず男を凝視する旭の眼力は、絶対に高校生が発していいものでは無い。怖すぎて、俺まで固まる。出会ってから初めて見る表情だ。 旭はすぐに携帯を取り出すと迷いなく画面をタッチしてバッとこちらに掲げた。 「今すぐ消えないなら躊躇なく通報します」 「……っ!おい、やめっ…!」 動揺する男の一瞬の隙をついた旭は、俺の腕を掴みそのまま勢いよく引いた。 ふわりと身体が浮くような感覚がしたかと思うと、俺はすでに頼もしい高校生の腕の中だった。旭に抱きとめられた俺を見た男は、チッ!と大きな舌打ちをしたかと思うと一目散に車を発進させて逃げていく。捨て台詞も無しに。 ………一体、なんだったんだよ。 「はー…ビックリした!要くん、大丈夫?」 「…あ、ああ……ありがとう旭…めちゃくちゃ助かった……ごめんな…?迷惑かけた…」 「全然?僕、変な人から美人を助けるの世界一慣れてるから!」 「……あぁ……そっか…暁人を…」 「ふふっ…!正解!あきちゃんは放っておくと秒で声かけられるからねぇ…」 「……苦労してんなぁ…お前も」 「あはは~…今はその役目、爽くんに取られちゃったけどね?」 ニコッと笑う美少年から漂うのは、僅かな哀愁。だけど今は、気付かないふりをしとこう。きっと旭も…それを望んでる。 というか……、 何かあったら頼れよ?とか言っといて逆に助けられてちゃ世話ねーよな俺も。かっこ悪すぎだ。指先が小刻みに震えている。緊張状態が解けて、ホッとしてしまったからかな…。連れて行かれなくて……ほんとによかった。 旭は俺の身体を支えながら、顔に垂れていた長い前髪を耳にかけてくれた。 「怖かったね……、もう、大丈夫だよ?」 「ん……ありがと……マジで情けなさすぎる……旭…これからバイト?」 「うん、今向かってたとこ!僕の高校ここの近くだから」 「…あ…そっか…!」 そうだった……前暁人も言ってたっけ…… 『要のおうちと俺の通ってた高校激近なんだよっ!俺が高校生の時、もしかしたらすれ違ってたかもね!』って。そっかそっか……日下部兄弟は高校も同じなんだもんな。 にしても、引き留めちゃって…悪いことしたな。 今日はクリスマスイブ……あの店は特に忙しいだろうに。 旭は俺の顔をジッと見つめると、眉を下げて不安そうな顔をする。 「……要くん…すごいクマだよ…?昨日お店でいきなり寝ちゃったから心配してたけど……やっぱりまだ寝不足なの?平気?」 「……ちょっと、しんどいかも……フラフラする…」 「…だよね?お家まで送ろうか?」 「いや……俺の家、ここ…だか……」 「……!」 喋っている途中にいきなり視界がぼやけてきて、気が付いたら頬に涙が伝っていた。 「え………?なん、で俺…」 …うそ…… 俺、泣いてんの…? …いきなり…? 旭は突然泣き出した俺に少し驚いた後、こぼれ落ちた涙の粒をそっと指で掬い取ってくれた。優しい手の動きに黙っていると、ニコッと微笑まれる。 「………要くん……、恋人さんとのこと…解決してないんだね?」 「……え、」 「もう、色んなことで気持ちがいっぱいいっぱいなのバレバレ……変な奴に連れてかれそうになって…張り詰めてた糸……切れちゃった?」 言われて納得した。 元々恭介とのことで悩んでた上、ここ数日の不眠症…さらにあのクソ野郎が完全に決定打だった。ストレスがピークに達していきなり涙が出るなんて…大人としてやばすぎだろ。 そっか俺……もう心の余裕ゼロなんだな。 「………お前はサイキックかよ…」 「……あははっ…!だから、ただの高校生だって!」 優しく笑う旭は、綺麗にアイロンがかけられたハンカチを差し出してそのまま俺の頭をポンポンと撫でる。ポタポタ落ちてくる涙を必死になってハンカチで拭っている俺に、旭は静かに寄り添ってくれた。 なんつー王子様気質…これ…JKが泣いて喜ぶシチュエーションなんじゃねーの…?あの爽だって暁人にかしねーぞこんなの。 笑顔だけじゃ無いな……似てるのは。 旭は優しいとこも暁人とソックリだ。 「要くん……その、余計なお世話だと思うけど……恋人さんとちゃんと決着つくまであんまり外に出ない方がいいよ…?」 「……グスッ……、え、なんで…?」 「だって……あまりにも無防備す…」 「ーーーオイッ!!!!」 地鳴りのような馬鹿でかい叫び声がしたと思ったら、目の前にいた美少年は思いっきり胸ぐらを掴まれていた。学ランの襟元とマフラーを纏めて持ち上げられた旭は、一瞬宙に浮いたようにすら見えた。 あまりにも急な出来事に、俺も旭も呆然と声の主を見上げる。 「お前誰だ!!!?なんでかなのこと泣かせてんだよっ…!!!」 「は…えっ!?」 「……ちょ、……恭介っ…!?」 「答えろっ!!!!返答によってはこの場で殺してやるっ…!!!!」 突然現れた恭介は目を血走らせて旭の胸ぐらを掴んだまま、今にも殴りかかりそうな勢いだ。 ………そうだった、俺の家で会う約束してたんだった…!!!! 慌てて時計を見ると、時刻は午後6時を過ぎている。 「おい、バカ!!!放せ恭介っ!!!違うからっ!!!」 「何が違うの!!!?かな泣いてるじゃん!!!」 「えーっと………、か、要くん…?この人は…?」 「……あ、……その……例の、恋人……」 頭にはてなマークを浮かべた旭に、俺も若干しどろもどろになりながら答える。そりゃいくら勘のいい旭でも混乱するよな…? だって俺は…… 恋人が"男"だとは、一言も告げていなかったから。

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