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キスする前に出来ること【解決編】1
『いいから、早く金出しな…恭介!!!!伊吹のためにたっぷり貯め込んでんのは知ってんだよ!!!』
人に利用されることなんて、慣れっこだったはずなのに…どうしていまだにこんなにも傷付くんだろうと、目の前の女性を見つめながらぼんやりと考える。もはや反論する気も起きない。
この人から自分が生まれてきたのだと思うだけで、ただただ吐き気がした。
『お前らなんて金を作ること以外なんの価値もないんだよ……そのために産んでやったんだ!!!恩返ししろこの親不孝者!!!!』
もういっそ……
お金なんてものは、
この世から消えて仕舞えばいいのに。
バンッ!!!!
「………んぇ…?」
勢いよく扉が開く音が耳に響いて、意識が一気に覚醒した。じっとりした汗が全身に纏わりついているのを感じる。最悪だ。
…またあの時の夢を見てしまった。
「…やっべ……、ごめん恭介…起こした?」
「…へ……かな…?」
「おはよ……コーヒー淹れたけど…飲む?」
上半身を起こし、寝癖を撫でつけながら扉の方を見ると…恋人が両手にマグカップを持って立っている。どうやら先程の音は、かなが寝室の扉を蹴って開けた音だったみたいだ。男らしいと讃えるべきか、はしたないと罵るべきか…まぁとにかく、実にかならしい目覚めの一撃だ。
……そうだった。
俺昨日……かなの家に泊まったんだ。
「…うん、飲……むぅ!!?」
「いや、なんで疑問系?」
「へぇっ!!?だ…だって!!!!かな……その格好なに!!!?」
「ふっ…お前、朝から元気だな」
「ななななんで下履いてないの!!!?」
「…なんでって……そんなの暑かったから以外あるか?うち床暖入ってるし、この格好でも寒くねーよ?」
「いやいやいやいやそういう問題じゃなくない!!!?エロすぎて目のやり場に困ります!!!」
「ぶはっ…!大袈裟すぎだろお前」
上半身にのみ纏ったシルクのパジャマは計算され尽くしたかのようにかなの下着を上手いこと隠していて、その絶妙なチラリズムは男心を掻き乱すには十分だった。かな本人はそんなこと気にもしていないようで、俺に片方のマグカップを手渡すとそのままベッドに腰掛ける。
人生で2人目の恋人は…年下の超美形で、気高く聡明で愛情深い。
どう考えたって俺なんかには勿体ない最高に素敵な人だ。人はあまりにも美しいものを見ると、現実か空想か境目があいまいになるんだと…彼に出会って知った。俺がかなと話す時、どこか夢見心地で暴走しがちなのはきっとそのせいだ。自分が同性と付き合うことになるなんて正直想定外だったけど、そんなこと今となっては全く問題じゃない。例え他人に何か言われたとしても、俺にとって"性別"は気持ちを止める障害にはならないってだけの話だ。
そもそもかなには、ジェンダーの壁なんてもんは……あってないようなものだしな。
「恭介…、…なんか嫌な夢でも見たのか?」
「…なんで?」
「すっげぇ汗かいてるから……平気か?」
かなは俺の額に張り付いた前髪に指を通しながら、脚を組んだ。その指の仕草も、長く美しい脚も…この世のものとは思えないほど色っぽい。
図星を突かれたことよりも、恋人のエロさに意識がいってしまう。なんて罪な男だ。美の女神アフロディーテも降参するっての。
「ウッ……!!」
「なに?」
「朝から刺激が強すぎるのっ!!!!かなってなんでそんないちいちセクシーなの…!?しかも寝起きから完璧に顔面仕上がってるし…!!!なにその真っ白な肌…!?毛穴レスすぎでしょ!!世の女の子たちが必死にファンデーションはたいてるっていうのにあなたはなんなんですか!?そのバッサバサの睫毛も天然ですよね!!?いい加減にしてくんない!!!?」
「勢いこっわ……落ち着けよアホ」
「落ち着けないよ!!!!ただでさえ朝勃ちで元気いっぱいなのにこれ以上元気にさせてどうする気!!!?」
「お前ほんっとそればっかりだな!!!!?」
「はぁ!?こんなエロい子と付き合ってて考えないほうがおかしいでしょ!!!?俺は正常だーーーーッ!!!!」
「ぶはっ…!もーいいからコーヒー飲めよ!少しは落ち着くから」
かなは声をあげて笑うけど、こっちは全く持って笑い事じゃない。
かなと付き合ってからというもの、初めて迎える朝を何度も妄想してきたけれど…まさかこんなに叫ぶことになるとは思いもしていなかった。だけどこれはこれで…有りなのかも。
今日はクリスマス当日。
1年にたった一度の聖なる日の朝を、彼の笑顔で迎えられるなんて……
「……すっごい幸せ………」
「…?なに…?お前朝のコーヒー好きなの?」
「…え、」
「ふふっ……俺も好きっ…朝に淹れるコーヒーって最高だよな…?豆が砕ける音も、部屋いっぱいに広がる香りも……たまんない」
違うよ、かな……
コーヒーじゃない。
俺は、かなと迎える朝に……幸せを感じたんだ。
そう口にしたかったのに、かなの幸せそうな笑顔を見たら…なんだか訂正するのが勿体無くなってしまった。だって……そんなの、どっちでもいいもん。
かなが笑ってくれるなら……、俺は……
「よく…眠れたんだね?」
「ん…、わかるか?」
「うん…目の下のクマが消えたし……肌もツヤッツヤ……めっちゃ色っぽい」
「あははっ…!そんなに違うか?」
「……かなはいつも綺麗だけど……今日はとびきり綺麗だよ」
「そりゃどーも」
なんだか、いつもよりかなのツッコミが弱い。…というか、ものすごく穏やかだ。
昨晩のやり取りを経て、美しい薔薇を守るためのトゲはほとんど抜け落ちたのかもしれない。ツンとデレの割合が9:1から…7:3くらいになった…ように感じる。それでも一般的に見たらツンが多すぎ!ってツッコミ入れられそうだけど、結城 要相手じゃ奇跡とも思える数字だ。
今回の一連の出来事で、結果的に俺たちは絆を深めることになったわけだけど、それでも……傷付けないと固く誓った相手をあれほど泣かせたんだ……
やはり、後悔の念は消えない。
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