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キスする前に出来ること【解決編】4
俺の服の裾をギュッと握り、一度深呼吸してから…かなは口を開いた。
「……あの、俺……結城 要…です……よろしく」
遠慮がちに口を開いたかなは、いつもより若干オドオドして見える。これはこれでかわいいけど……やっぱりなんだか調子が狂う。いつもの毒舌モンスターも、女の子の前じゃ発揮されないか。
「……そっか、要だから……"かな"かぁ…!へぇ…かーわいっ!兄貴あだ名のセンスいいじゃん!」
「伊吹…!だからかなを呼び捨てにするなって…!」
「えー?じゃあ…かな…ちゃん!私、妹の和倉 伊吹です!!こちらこそよろしくね!」
「…は、はい…」
「ところで…」
「え?」
「このアホやめて、私と付き合わない?」
「…………は…?」
あまりにも通常運転な妹に、俺は頭を抱えて黙り込む。
………やっぱりだ。
伊吹がこんな美人を口説かないはずがない。
しばらく黙っていたかなは、パチパチと数回瞬きを繰り返した後…再び口を開いた。勘のいい彼のことだ、そろそろ伊吹の扱い方を察する頃だろう。
「えーっと……正気か?」
「うん!めちゃくちゃ正気だよ?」
「…マジで口説いてんの?」
「もちろん!だって正気なやつはみーんなかなちゃんのこと口説くでしょ?」
「……」
「こんな綺麗な子を誘わないなんて…逆に失礼じゃん」
「………俺、恭介と付き合ってるんだぞ?」
「…ん?だから?結婚してるわけじゃないんだし、誘うのは自由じゃない?」
伊吹はニコニコ優雅に笑いながら、かなを見下ろす。さりげなくドアに手をついて、壁ドンの体勢に持ち込んでるあたり…お察しだ。かなだって決して背が低いわけじゃ無いけど、伊吹は最近180cmを越えたところ。しかもまだ伸びそうな勢いだ。うちは両親ともに背が高かったし、俺も高いからまぁ予想はしてたけど…俺より伸びるのだけはやめてほしい。兄としての、沽券に関わる。
俺は無言でかなの身体を引き寄せて、伊吹から距離を置かせた。
「……おい恭介……お前の妹……倫理観が消滅してる……」
「ごめんかなっ……、あーもうっこうなると思ったぁ!!!!」
「しかもお前よりスマートに口説いてくるぞ………!」
「だから言ったじゃん…!!もーっ頼むからやめろって伊吹っ!!かなは女全般苦手だって言っといたろ!!?」
伊吹には付き合ってる相手の話をあんまりしないようにしていたけれど、かなが男性で、そして女性が苦手であることは事前に伝えておいた。だから、とりあえず触ることだけは避けてくれているようだ。
こっちとしては、出来れば口説くのもやめてほしい。
「ねぇ、かなちゃん聞いて…?」
「…え?」
「性別なんて、ただの区分でしかないんだよ…?大きい括りで見れば私たちは同じ人間……だから、焦らなくて大丈夫……安心して…?いつかはきっと愛し合える」
「愛し合うなーーーーッ!!!!!ってか誰も焦ってないから!!!!?いや、俺は焦ってるかもしれないけど…!!とにかく、なんでこの状況で俺の恋人口説けんのお前は!?マジで誰に育てられたんだよぉっ!!親の顔が見てーよ!!!」
「…たぶん、育てたのお前だし…お前ら親一緒だろ」
「かなーーーー今ツッコミいらなーいっ!!!!頼むから伊吹の味方しないでーーーーっ!!!!!!」
「してねーよ…つーかちょっと落ち着けよお兄ちゃん」
「そうそう……兄貴はちょっと騒ぎ過ぎ…!せっかく来てくれたのにかなちゃんビックリしちゃうでしょ?全く…野蛮で困っちゃうよね?……さぁ、かなちゃん……私の部屋行こっか?」
「コラァ!!連れ込もうとするなーーーーーッ!!!!!」
「…ブハッ!!!」
爽やかな笑顔を浮かべる妹と、焦って暴れ回る俺の対照的な姿がよほどツボに入ったのか…かなはケラケラと大笑いを始める。
それを見た伊吹が、本当に穏やかに笑っていて……一目でかなを気に入ったことがわかった。
…だって、前の彼女を紹介したときは…あからさまに嫌な顔してたから……。2人が仲良くしてくれるなら、兄として…恋人として…そんな嬉しいことはない。
……いや、普通にだよ!?必要以上に仲良くするのはNGだからね!!!?
家の中に入ると、案の定かなの隣に座ろうとする伊吹を必死に説得する羽目になった。やっとの思いで向かいの席に座らせることに成功した俺は、絶対にかなに触るなと伊吹に再三念押ししてからティーセットを用意しにリビングを離れた。
普段なら人が来たって飲み物なんかわざわざ用意しないけど……相手はあの結城 要だぜ?生まれながらのセレブボーイには最低限のおもてなしをしなきゃバチが当たる。
「………はぁ、」
キッチンでお湯を沸かしながら腕を組んで項垂れると、自分で思っていたより大きめのため息が出た。
……全く、伊吹のナンパ癖には困ったもんだ。
しばらく特定の相手はいないようだけど、男女問わず綺麗な子を何人も侍らせて歩いているところを目撃したのは1回や2回じゃない。しかもみーんな見事に手懐けて、誰1人として伊吹を悪く言わないんだから……やはりアイツは天性の人タラシなのだろう。俺みたいな紛い物のチャラ男とは訳が違う。
伊吹の友達曰く、学校では伊吹の周りにいる綺麗どころを総じて"大奥"って呼ぶらしい。
………いや、どんな高校生だよ!!!!!
小さい頃はものすごく大人しくて、俺の後を必死について来るようなかわいらしい妹だったのに……いつからあんなイタリア人みたいな口説き方するようになっちゃったんだよ…!!一体どこで道間違えたんだ!!?
物思いに耽りながらいつもの何倍ものスピードで動き、我が家ではほぼ縁のないティーセット一式を準備して急いでリビングに戻る。
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