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バイプレイヤーズロマンス【前編】2
「……」
「…ん?どうしたの旭くん…なんか…ボーっとしてる?」
「あ…バレちゃいました?」
「ふふっ…うん、今日忙しかったから…疲れちゃった?」
「いえ…その、僕…楓さんがコーヒー淹れてるとこ見るのすごく好きなんです……で…今、その余韻に浸ってました」
「え?」
「ものすごく丁寧で…なんか、指先から愛を感じるんですよね…本当に、コーヒー大好きなんだなぁって…」
「あははっ…ほんと?俺…そんな顔に出てるかなぁ?」
「はい……すごく綺麗です」
いつも通り穏やかな雰囲気だけど、妙に真剣な顔で言われて…なんだかちょっぴり恥ずかしい。
やだなぁ…若い子に褒められて照れるとか、おじさん丸出しじゃん。
「…あー…あははっ…それは、嬉しいかも…」
「あ、すみません…!これってセクハラになっちゃいます?」
「えっ!!?いやいやいや全然!!?旭くんにそんなこと言ってもらえるとか、世の中の女の子全員敵に回しそうだなって思っちゃっただけで…!」
あ、やばい。
この言い回しもかなりおじさんっぽい。
旭くんと俺じゃ10個…いや、今は11個か…それだけ歳が離れてるんだから、もう少し発言には気をつけなきゃな。そう考えると、9個差のあきちゃんと普通に付き合えてる樋口ってすごいのかも。感覚が若いのかな。
「……僕、別にモテないですよ」
「え!?それはないって!!どう考えてもモッテモテでしょ!?お店に来る若い女の子みーんな旭くん目当てなんだよ?謙遜にしてももうちょっと…」
「……あぁ……でも、興味ないです…そういうの………」
「え?」
旭くんはそう呟くと、携帯の画面に視線を落としてどこか寂しげな目をする。意外な反応だ。旭くんって、いつもニコニコしてて誰にでも優しいから。……でも、そっか…恋愛に興味がないタイプなのかな?
なら、こういう話は今後振らないようにしなきゃな。ここは一旦…話を変えよう。
「…あ!ねぇ、旭くん!なんか調べてる?」
「え?」
「だって、さっきからすごい勢いで画面スワイプしてるから…なんか調べ物かなーって!」
「あ……はい!部屋を探してて……」
「え、部屋?」
「そうなんです…実家からだと大学からもここからも遠いのでそろそろ家を出ようかなって…」
「へぇ…そっかぁ…」
旭くん曰く、ご実家は高校からはそんなに遠くないけれど大学からはかなり距離があって通うのが大変らしいからこの店の近所で物件探し中なんだってさ。まぁ、そうだよね。大学生にもなれば、いくらいいご家庭でもプライバシーを尊重して欲しくなっちゃうよね。
「だけどこの辺、家賃めちゃくちゃ高いじゃないですか…?僕、甘くみてました…」
「あー、そうかもねぇ…JRの駅近いし…スーパーもコンビニも充実してて利便性いいから家賃は他よりかなり高めだよねぇ」
「ですよねぇ…?はぁ…もうひとつバイト掛け持ちしようかなぁ…」
難しい顔をした美少年に、なぜか俺も同じ顔で考え込んでしまう。不思議なんだけど、旭くんって周りの空気を巻き込んじゃうパワーみたいなものがあって…彼が嬉しいと周りも嬉しくなるし…彼が悩んでると一緒に悩みたくなっちゃうんだよね。
これも、旭くんがモテるひとつのポイントなのかなぁ。
「……あ!!じゃあルームシェアはどう!?」
「……え?」
「ほら、ひとつの部屋をシェアするの!今は恋人だから"同棲"になっちゃったけど、樋口とあきちゃんも元々はそうだったって言ってたでしょ?ルームシェアって…家賃は折半だし、1人で寂しくなることもないし、食材も分け合えたりですごい楽しそうじゃない?」
「……なるほど…!それは、盲点でした…!」
旭くんは早速ルームシェア募集のページを検索し始める。だけど、俺はその画面を自らの手で遮った。
驚いた旭くんがこっちを見た瞬間、ニコッと笑って自分を指差す。
「俺、立候補していい?」
「………え?」
「旭くんのルームシェア相手!」
「……ええっ!!!?」
「俺今結構広い部屋借りててね、一部屋全く使ってなくて余ってるの!俺なら、家賃全額俺持ちでいいし…料理得意だし……それに、毎日おいしいコーヒー淹れてあげられるよ……?どうかな?」
正直、この時の俺の言動に深い意味などなかった。
ただ、自分の店の有能な従業員が家を探してて…それを助けてあげられたらなーってそんな軽い気持ちだった。
自分の国の若い子は大事にしなきゃ。じゃなきゃこんな有能な人材、簡単に海外に持っていかれちゃうよ。ただでさえ、旭くんって海外に留学経験有りだし…この子を大事にしなかったら、それはもはや国家への反逆罪でしょ?
…そう、思っただけ。
だから、この後の旭くんの言葉は…完全に予想外。
「……楓……さん…」
「ん?」
「それは…………、ちょっとだけ、困るかも……です……」
「えっ……!!?あ、ごめん……そうだよね!?職場の人と暮らすとか普通いやだよね!!?ごめんっ考え無しだった!」
「いえ…そうではなくて…!!!」
「え?」
恥ずかしさと申し訳なさでドッと汗が出る。そんな俺の様子を知ってか知らずか、旭くんは意を決したように立ち上がるとそのままカウンターの中に入ってきた。まさかの行動にポカンと口を開けた俺の手を、旭くんはギュッと握る。
初めて近距離で見下ろされて…そこでようやく…少し前、あきちゃんが言っていた言葉を思い出した。
"俺ね、先祖返りで目の色素が薄いの!内緒だよ…?"
ああ、そっか…旭くんとあきちゃんって………目の色……同じなんだ。
綺麗………
「えっと…旭、くん…?手…」
「楓さんとルームシェアなんて…正直、願ってもないです」
「え」
「……だけど、困ったことに………」
「ん?」
旭くんはそのまま数秒目を閉じ、ゆっくりと瞳を開くと…首を傾げて俺を見た。
「僕、楓さんのこと…好きなんです」
「…………………は?」
「楓さんのこと…大好きなんです」
「……え?…あー…えっと…俺も、旭くんのこと…好きだよ?」
「………絶対意味伝わってないですよね?」
「……意味?」
意味………?
意味なんて……、
「つまり………僕、楓さんと…お付き合いしたいんですけど…それでも一緒に住んでくれますか?」
「………………へぁ?」
間抜けな声が口から出るのと同時に、俺はやっと……旭くんの言う"意味"を理解した。
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