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バイプレイヤーズロマンス【前編】12
クゥ…
バスを降りて歩き始めた矢先の間抜けすぎる音の正体に、旭くんは一度目をぱちくりさせた後…フッと小さく微笑んだ。
そろそろヤバいかな、と思っていたら案の定だ。黙ってろよ俺の腹の虫!!空気読め!!
「ふはっ…!かわいい音…!」
「あーもー!笑わないでよ旭くんっ!!余計恥ずかしくなるじゃん!」
「あははっすみません…!ポップコーンしか食べてないし、お腹空きましたよね?もう着きますよ」
「え…もしかして次って…ご飯?」
「もちろんです」
旭くんが指差した先を見て、驚いた。
ここ…最近オープンしたカフェだ…!
「えっ…!!嘘…俺ここ来たいってずっと思ってたの!!忙しくてなかなか来る時間なくて…」
「はい、知ってます!ここに来たかったのは…市場調査も兼ねてるんですよね…?」
「ええっ!!?なんでわかるの!!?俺、ここのこと旭くんに言ったっけ!?」
「……え?」
「…っていうかここだけじゃなくて……旭くんに伝えた覚えがないことが朝からちらほら……」
「あー…実は…、僕には優秀な諜報員がいまして…」
「……諜報員…?」
「はい…、腕利きですよ?」
「……あ!!!もしかして、かなちゃん…?」
「…ふっ、はい正解です」
どうやらあの絶世の美青年がまた…"余計なお世話"ってやつをしてくれたみたいだ。相変わらずぜんっぜん、"余計"じゃないけど!
もしかしたらかなちゃんは……俺が相談するより前から旭くんの気持ちに勘付いていたのかもしれない。それでも何も言わずに俺の相談に乗って…背中押してくれるあたり、やっぱり彼は優しくてとても聡い人だ。これはもう色んな意味で絶対敵に回したくないな。回す気、一生ないけど。
旭くんはいつも通りのニコニコ笑顔でお店の扉を開ける。
古民家を改造して作られた木の温もりたっぷりの可愛らしいカフェだ。入った途端に大量のコーヒー豆が入ったショーウィンドウにお出迎えされ、思わず顔が綻ぶ。全て自家焙煎だと雑誌で読んだけど、深煎りのものが多そう。豆の表面が艶々ですごく綺麗。ここはラテアートが有名なんだよね。うちはやってないから…めちゃくちゃ楽しみ!
コーヒーを飲む瞬間ももちろん好きだけど、こうやってどれを飲むか悩む瞬間も大好き。たまんない。
「いらっしゃいませ!2名様ですか?」
「はい、予約してた日下部です」
「日下部様ですね、お待ちしておりました!こちらへどうぞ!」
店員さんと旭くんのやり取りに驚いて、俺は無言のまま2人の後を追う。
通されたのは窓際のソファ席だった。パステルカラーの窓枠がかわいい。緑あふれる庭を一望出来る最高の良席だ。すぐにコートを脱ぎふわふわのソファに腰掛け、メニューを眺める。
「お決まりの頃、お伺いいたします」
「はいありがとうございます」
店員さんが去ったタイミングで、俺は目の前の美少年の顔を覗き込んだ。
「ねぇ旭くん…!予約までしてくれてたの?」
「はい、ここ人気なんでスムーズに入れないことも想定して…一応…ほら、今日バレンタインですし」
「なるほど…、抜かりないねぇ…」
「楽しみに…してたんで」
メニューで口元を隠す旭くんに、思わずキュンとした。こういうの正直に言ってくれるとこ…ほんと素敵だな。
旭くんと付き合える人は、幸せ者だ。
…なんて、こんなの考えてても虚しくなるだけなんだけど…
「わ、ランチ美味しそう~!まだやってるよね?俺コレにしようかな!」
「いいですね!僕もそれにします」
2人で同じランチプレートを注文して、美味しいねって笑いながらゆっくり食べた。食後にはこのお店の自慢らしいラテを飲んで、バレンタイン限定のチョコレートケーキを頂く。
もうどれも最高に美味しくて大満足。市場調査~なんて言ってたけど普通にお気に入りのカフェがひとつ追加されてしまった。絶対また来たいな。
「めちゃくちゃ美味しかったね…!」
「はい…!期待以上でした…!」
「あ、ねぇもう1杯コーヒー飲まない?俺ラテじゃなく普通にこの店のブレンド飲みたくて…」
「いいですね!飲みましょう!」
「やった…!じゃあ店員さんを…」
ご機嫌で通路を覗き込んだ瞬間、
見知った顔と目が合って……
背筋が凍った。
すぐに全身の血の気が引いて、唇が震え出す。
旭くんは俺の異様な様子に気が付き慌てた表情に早変わり。だけどそんなの、考えている余裕もなく俺はただただ俯く。
「………清水?」
忘れたいと心から願った男の声が頭上から降り注ぎ、身体が硬直した。
「ハッ…、マジで清水 楓じゃん…」
なんで…?なんで、そんな平然とこっちに来れるの…?
なんで俺に…話しかけられるの…?
「楓さん…?どうしたんですか…?」
「……あ、……っ、」
「…?楓さんの、お知り合いですか…?」
困惑した旭くんが男に語りかける。顔を見なくても、ニタッと気色悪い笑みを浮かべるあいつが想像できて…眩暈がする。
やめて
お願い
何も言わないで
「………久しぶりだなぁ清水…、相変わらずズルズル髪伸ばしてんのかよ……この…」
やめて…!!!!!
「ド淫乱」
その一言で…旭くんとの関係も、
今までの幸せも、
今日という日も、
全部全部…
粉々に砕け散っていく音がした。
…To be continued.
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