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バイプレイヤーズロマンス【中編】9

「噂じゃ………なかったの……」 「………え?」 「……っ、噂じゃなかったんだよ……」 「…え……えっと、どういう……」 「正確に言えば……噂が……真実になったっていうか……」 「はい?」 「……旭くん……俺ね、教授"とは"寝てなかったけど…本当に……その、…"淫乱"なんだ……」 「え…?」 腕の中から楓さんがいなくなった途端、急に風が冷たく感じた。いや……この肌寒さは、今の状況のせいなのかな。 首を傾げる僕を見て、楓さんは悲しげに続ける。 「俺………俺ねっ………、さっきの男と……寝てたの……合意無しで」 「…………え」 「それどころか……研究室の奴らみんなにほとんど毎日輪姦されてた」 「………」 「これ樋口にも……言ってないんだけどね………というか、誰にも言えなかった……」 口元を押さえて一瞬吐きそうな顔をした楓さんは、ゆっくり目を閉じ…唇を噛んだ。 あまりにも壮絶な話に、僕は固まったまま動けもしない。 合意無しに寝てた……って、つまり……それは無理矢理ってこと……? とんでもない告白をされているはずなのになぜか妙に冷静な言葉が頭に浮かぶ。…いや、後から考えてみたら衝撃が一周回って逆に冷静になれただけだったのかもしれない。 じゃなきゃこんな話、取り乱さず聞けるわけがない。 「………警察には……、…届けたんですか?」 僕の呟きに楓さんは小さく首を振る。 この人は……こんな辛い経験を本当にただただ自分1人の心の中に仕舞い込んできたんだ。 嘘だろ……? 「誰にも……なにも言ってない……っ……今、初めて話した……」 「……そんなっ…」 「噂話とか、自殺未遂とか、いろんなこと乗り越えたけど……結局大学4年の大学院に行く直前…あいつに薬盛られて、そのまま無理矢理………」 「……ひどい……」 「みんな…ストレス溜まってたのもあるのかな……研究で使ってた薬飲まされて……もう全員のおもちゃみたいになっちゃってね……で、俺は大学院に入ってすぐ研究室から逃げて……学校も辞めて………それから色々あって……今のお店開くことにしたの」 怒りで叫び出したいのを必死に堪えながら、ギュッと拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込む感触がして、ああこれは血が滲んでいるんだろうな…と心の片隅でもう1人の自分が呟く。 こんな理不尽なことがあっていいのか…? こんな理不尽がまかり通るなら…この世界に神様なんていない。 優しくて、かわいくて、あったかくて……世界で一番綺麗なハートの持ち主が傷付けられるなら…… 僕がこんな世界壊してやりたい。 さっきまでこぼれ落ちていた涙はスッと消えて、楓さんは死んだような瞳で僕を見た。 「………旭くん……」 「……はい」 「さっきアイツにね…『僕が楓さんを大切にすることと、過去は関係ありません』って…言ってくれたでしょ…?俺アレ……震えるほど嬉しかった………だから、それでもう…十分だよ」 「…え、どういう…」 「俺は、君にふさわしく無い」 「なんで…、そんなこと言うんですか…?」 「聞いたでしょ……?俺はもう、散々……色んな男に嬲られた……」 「……っ」 「もう、わかるよね……?俺は君の隣には……決して立てないんだよ」 息が、苦しい。 今これを僕に言うことが……彼にとってどれほど辛いことなのか。 どれほど悔しいことなのか。 それを考えるだけで、もう狂ってしまいそうだ。 「そんなの……、楓さんはなんにも悪くないじゃないですかっ…!!あなたはただの被害者だ!!僕の気持ちは1ミリも変わりません!!変わるはずない!!」 「それでも……過去は変えられないから」 「……僕はそんなこと……、気にしませんっ!過去なんて、どうでもいいです!!」 「旭くんが良くても……俺が俺を許せない」 「なんでっ…!」 「ごめんね、好きになってもらえて……嬉しかった……本当に」 「楓さんっ…!待ってくださいっ…!!」 立ち去ろうとする楓さんの腕を掴んで必死に引き止めようとするが、簡単に振り払われた。楓さんの腕の強さから決意の固さが伝わってきて、頭が真っ白になる。 いやだ、 いやだ、 行かないで 「旭くん……」 「……楓さん……僕、いやです…!想い合ってるのに諦めるなんて出来ませんっ」 「ありがとう……でも、ごめんね……」 「……いやですっ……」 「君はもっとふさわしい相手と結ばれなきゃダメな子なんだよ…?」 「………なんで、そんなこと言うんですか…?なんでそんな風に決めつけるんですか…?」 「大丈夫……次会ったら、また今までと同じ……元通りの関係に戻れるよ?俺は……君のバイト先の…、ただの店長」 「……そんなの、無理ですよっ……」 「ううん……大丈夫……人間って案外強いから……どんなことがあったって…立ち直れるもんなんだよ?俺が言うと、説得力あるでしょ?」 楓さんは泣き腫らした目でニコッと微笑むと、カバンから小さな包みを取り出し… 僕に差し出した。 パステルピンクの可愛らしい包装紙には小さなハートが散らばっている。これは、もしかしなくても…… 「……え………これ……」 「うん…ハッピーバレンタイン」 「……っ」 「イベントは、大切にしなきゃね?」 「……」 「これからもバイト先の店長として…よろしくね……日下部 旭……くん」 「……楓さんっ…僕っ…!」 「……さよなら、俺のかわいい王子様」 僕が小さな包みを受け取ると同時に、楓さんは足早に立ち去っていった。 その後ろ姿を見送りながら、今どんなに縋ったところで彼はきっともう振り向いてはくれないと…… 悟った。

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