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バイプレイヤーズロマンス【中編】10

あの日から、3週間。 相変わらずバイトでほぼ毎日楓さんと顔を合わせてはいたけれど、お互い表面上ではいつもと変わらぬ関係を続けていた。楓さんの言った通り、僕たちは元の関係に戻ったという事だろう。出勤して顔を見れば"おはよう"と挨拶して、仕事中も支障がない程度にコミュニケーションを取り、帰りは"お疲れ様"と微笑み合う。 正直、地獄だった。 僕が告白したことも、バレンタインにデートしたことも、楓さんの過去や思いを知ってしまったことも、そして僕が…振られたことも……全部全部、存在しなかったことのようになってしまった。 結局僕は、楓さんの過去の傷を抉り心の中にズカズカと踏み込んで荒らし回っただけ。 毎日家に帰って自室の扉を開けると、あの日楓さんからもらった小さな包みがお出迎えしてくれる日々。 きっと僕は一生……あの包みを開けられない。 この傷は………もう、癒えない。 「………旭?」 「……え?」 「そろそろ帰ろ?いつまで同じところお掃除してるつもり?」 「……あきちゃん」 閉店後、ひたすら本棚の周りを掃除しまくっている僕を不審に思ったのか兄が駆け寄ってきた。 いけない……しばらくボーッとしてしまっていたようだ。 ふと窓の外を見ると、爽くんの車が停まっているのが見えた。そっか……迎えに来てたんだ。相変わらずラブラブなようでなにより。 「爽来てるけど…どうする?送っていこうか?」 「あー……いや、僕はもう少し残るからいいや……ごめんね?」 「………そっか、わかった……あのね旭……」 「ん?なに?」 「…えっと………ううん……、なんでもない……あ!明後日楽しみにしてるね?緊張すると思うけど、頑張って!」 「……うん」 あきちゃんは小さく手を振り、帰って行った。 どうやら天然で有名な兄ですら何かしら勘付いたみたいだ。そりゃそうか…いくら表面上取り繕っていても、ほぼ毎日僕たちの様子を見ていれば違和感は感じるだろう。僕と楓さんは、プライベートな話を以前よりしなくなったから。 それでも突っ込まなかったのは……優しさか……それとも、誰かに止められたからか…… 真相はわからないけれど、とにかくありがたい。 僕はようやく掃除用具を仕舞い込み、なんとなくお店の片隅に置かれているアンティークのピアノの前に立った。普段は上にかぶせられているレースのカバーをそっと外して…鍵盤に指を置いてみる。 ボーン…と、奥行きのあるレトロな音が店全体に広がる。 ……あれ? 古いピアノなのに……あまり音にズレがない。というか……調律、されてる…? そのまま椅子に座って、吸い込まれるように指を動かす。ピアノは僕にとって最高の現実逃避だ。 昔は毎日弾いていたのに…… いつからかな……弾かなくなったのは。 しばらく夢中で弾いていたら、すぐ後ろに人の気配を感じて慌てて振り向く。考えてみたら、今この時間この場所にいる人なんて…1人しかいなかった。 「すっごい……」 「……楓さん」 「今の…リスト…?すごい難しいって有名な曲だよね?」 ご名答。 さすが楓さん。博識なところも、素敵です。 ついでに、高めの柔らかい声質も素敵です。 どんな美しいピアノの音色も、あなたの声には負けます。 ……なんて、心の中で口説いたって意味はないけれど。どうせ口に出せないなら、臭い台詞くらい許して欲しい。 「あ……はい……、すみません勝手に弾いて…」 「ううん…!すごいね旭くん…ピアノ上手だとは聞いてたけどこの曲弾きこなしてる人俺初めて見た……すっごい感動しちゃった…!」 「……誰から…聞いたんですか?」 「え?」 「ピアノのこと……僕、あんまり人に言ってないんで…誰から聞いたのかなって……」 「ああ…!えっと……かなちゃん」 「はぁ………、要くんって…楓さんにはなんでも言っちゃうんだから」 「何でもじゃないよ…?かなちゃんは……相手のためになることしか言わない」 「……たしかに、そうですね」 顔を見合わせて、お互いニコリと微笑む。 楓さんの笑顔を真正面から見たのは…本当に久しぶりだ。 ジクジクと胸の奥が痛む。 ああ…… 僕はまだこんなにも……あなたが好きだ。 もしあなたに触れることが許されるなら…僕はなんだってするのに。 「このピアノ……調律されてますね」 「ああ、うん……お店始める時にね近所の方からこのピアノ譲ってもらったんだけど…その方調律師さんで今も時々お店に来ては趣味で調律していってくれるの…」 「なるほど…それで……」 「うん……でもずっと誰にも弾いてもらえてなかったから……きっと今…この子も喜んでる」 「……」 「良かったらこれからも……たまに弾いてあげてくれる?俺も……聞きたいし」 優しい瞳で問いかける楓さんに、さらに胸が苦しくなる。 辛い、苦しい、泣きたい、 あなたを好きなことを……僕はどうしても…… やめられない。 「このピアノのためじゃなく……あなたのためなら」 「……え」 「楓さんのためなら……弾きます」 「……旭…くん……」 どんな痛みも、傷も、心にできたものならば必ず時間が解決してくれると思ってた。 だけど、これは違う。 楓さん、僕は…… あなたのそばにいられなければ……一生ひび割れた心のまま生きていかなきゃいけない。 いくら考えたって、もう無理だ。

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