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バイプレイヤーズロマンス【中編】11

「僕は、あきちゃんのためにピアノを捨てました」 「……うん」 「親には反対されましたけどあきちゃんを守るためならそれで良かったし、正直自分の未来にもピアノにも…未練なんて全然無かったんです」 「…そっか…」 「でも、あなたのためなら……あなたが喜んでくれるなら……捨てたもの全部拾い集めてなんだってします……もし振り向いてもらえるならどれだけ醜く縋ったっていい……」 「……っ」 「楓さん……明後日、僕は高校を卒業します」 「…!」 僕はその場に立ち上がり、優しく楓さんの両手を掴む。 ごめんなさい、楓さん。 本当はそんな困った顔……させたいわけじゃない。 でも、これで最後だから。絶対、最後にするから。 「だから……卒業式に来てもらえませんか?」 「………え」 「そこで最後に、僕の話を聞いてほしいんです」 「………」 「もし……あなたが来なければ………そこで僕はきっぱり……楓さんを諦めます」 出来ないとわかっていることを、口にした。 だけどどこかで線引きしなきゃ、本当に僕は……一生楓さんを苦しめる。 僕の気持ちがあなたを追い詰めるなんて、そんなこと望んでない。僕があなたを好きなことをやめられなくてもあなたが他の人と幸せになる機会も、権利も、僕は絶対に邪魔したくないから。 だからその時は……潔く、あなたの前から消えよう。 あなたを好きなまま……ここを、辞めよう。 「……無理……、俺行けないよっ…!」 「……それなら、それで……」 「旭くん…!!違うの……俺、ほんとに…!」 「…いいんです、楓さんが気に病まないで…?これは僕のわがままで…」 「違うの……!!俺……っ、」 一瞬楓さんは大きく息を吸って、ギュッと拳を握る。どうやらなにか…言いたいことがあるらしい。 察するに……相当、勇気のいる話のようだ。 「俺が……君と付き合えないのには…たくさん理由があるのはわかってるよね…?」 「……一応、わかってるつもりです……」 「うん……でもね一番大きな理由はね…まだ、言ってないの」 「……え?そう、なんですか?」 「うん……」 いよいよ楓さんは僕から目を逸らし…半泣きになる。 「ど………、動画……」 「……はい?」 「……俺ね、アイツに初めて薬盛られた時……動画……撮られたの」 「………え」 「1回だけ……動画に……っ……、撮られちゃったの」 楓さんは顔を真っ赤にして、絞り出すような声で呟いた。 「その時のデータ…アイツが持ってて……いつ、流出するか……わかん、ないの…っ」 「……そんな………楓さんっ…」 「こんなの……誰も巻き込みたくないっ……ましてや、旭くんみたいな素敵な子……巻き込めるわけない……っ」 その話で、ようやく全ての辻褄が合った気がした。 もうすでに両想いだとわかっていたはずなのになぜここまで拒絶されるのか……やっとわかった。 楓さんが恐れていたものは……これだったんだ。 自分の人生を僕に背負わせることへの恐怖。 怒りで、身体中の血管が沸騰したような感覚に陥る。 こんなの……許されていいわけない。 僕が楓さんを大切にしているかどうかとかそんな話以前に、1人の人間の尊厳として…奪われていいものじゃない。 「……っ、楓さんっ…‥お願いです…警察行きましょう?今からだって…、」 「……無理っ…!絶対、やだっ…警察に行ったら…捜査の中で知らない人にも動画見られるでしょう…?それに、そのまま裁判にでもなったら……もっとたくさんの人に…、そんなの、無理だよ…俺、耐えられない…!」 「…でも…っ!」 「絶対行かない…!行けない…っ」 顔を伏せる彼から感じるのは、いつもと全く違うオーラ。恥ずかしさと、後ろめたさ。 なぜ楓さんがこんな思いをするんだろう……あまりにも……あまりにも理不尽だ。だって楓さんは………何ひとつ他人に恥じるようなことをしてないじゃないか。 彼があの男から受けた仕打ちは…僕が想像していたものなんかよりずっと悍ましく、今も楓さんの心と身体に深く暗い影を作っている。 悔しい… 悔しい… 楓さんの辛さや孤独に気が付かなかった自分にも、その時側に居られなかったまだ子供な自分にも、心底腹が立つ。 だけど、一番悔しいのは……… 今この場で抱きしめて、 関係ない。愛してる。 そんな男、僕がこの世から消してあげる。 そう言えないことが……抱きしめてはいけない立場なことが……一番悔しい。 ああ……そうか…… なら、簡単な話じゃないか。 「楓さん、僕…わかりました!」 「……?」 「僕はやっぱり、あなたが好きです」 「……え?」 「明後日、絶対来てくださいね!別に式に参加しなくてもいいんで、終わるまでに来てください!」 「…は、えっ!!?ねぇ、旭くん今の話聞いてた!!?」 「はい、聞いてました……だから、絶対卒業式に来てください……それで」 「……へ?」 「僕のものになってください」 「…はぁ!?」 涙も吹っ飛ぶほどの素っ頓狂な叫び声に、クスッと笑みが溢れる。 さぁ、僕のやることはひとつだ。 そして明後日、 僕は今度こそ……僕の物語の正ヒロインを手に入れる。 「旭くんって…ほんと訳わかんないってば!!ミステリアスどころじゃない!!!」 「あはっ、怒った顔もかわいいです」 「なにそれっ…!?」 「大好きです、楓さん」 結局帰るまでずっと、 困ったやら、嬉しいやら、怒ったやら…百面相を繰り返す童顔の美人に…僕はひたすら愛の言葉を投げかけ続けた。 …To be continued.

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