174 / 203
バイプレイヤーズロマンス【後編】3
『……なんだよソレ…』
「これ以上……期待させたくないの……」
『……』
「俺、もう十分すぎるくらい旭くんを傷付けた…最後の最後まで」
『それが恋だろ?傷付くのは…本気で好きだからだ』
「そうかもしれない…でも今俺が卒業式に出席したら、また期待させてまた旭くんを傷付ける…そんなのもう、繰り返すべきじゃない」
俺はもうどう足掻いたって、
旭くんのものには……なれないのだから。
少々の沈黙の後、かなちゃんはさっきより掠れた声で口を開いた。
『…………楓さん』
「…ん、…なに?」
『俺、楓さんのことすげー好きだよ?』
「……え……え?うん……知ってるけど…」
『そっか…なら安心』
「はい…?」
ここは、俺も好きだよかなちゃーん!とか返すべきだった?話の流れ丸無視のぶった斬りだったから、うまい返しが出来なかった。不覚。
『じゃあ……大好きってこと前提で言うけど、』
「うん?」
『アンタ…マジでとんでもないバカだな』
「…………へ」
『マジでバカだしくっそ最低だし今目の前にいたら超軽めの平手打ちくらいはしてやりたい』
「………か、…かなちゃん…?」
『楓さんが過去に辛い経験してきてんのはわかるよ?きっと俺と同じか、それ以上のことがあったんだろ?』
「……あ……それ、は……その……」
『言わなくていいよ…似たような経験してりゃなんとなくわかるから』
「……」
俺は無言のまま唇を噛み締める。心臓がドクドクと嫌な速さで鳴り響くのを感じた。
かなちゃん…やっぱりわかってたんだ。
『でもな、楓さん…』
「……な、に…?」
『今旭を突き放したら…マジで一生後悔すんぞ』
かなちゃんのその言葉を聞いた途端、ボタッと大粒の涙が頬に落ちた。我慢していた訳じゃない。突然、決壊したように涙が止まらなくなったんだ。ドバドバと流れ落ちる涙がシーツに大きなシミを作る。鼻の奥が痛い。声が、震える。
後悔…?
そんなの、もうしてるよ…かなちゃん。
旭くんに好きになってもらえたことも、好きだって言ってもらえたことも、最高に幸せなデートに連れ出してもらえたことも、抱きしめてもらえたことも、全部俺にとって宝物だ。
だから、旭くんとの思い出全てに後悔はない。
俺が後悔しているのは、ひとつだけ。
旭くんと……出会ってしまったこと。
どうせ結ばれないなら、幸せにしてあげられないなら、傷付けるだけなら、
君と……出会わなきゃ良かった。
旭くんの面接の件で樋口から電話が来た日のこと、今でも良く覚えてる。
『もしもし…樋口?なに、なんか用事?』
『おー清水!今平気?』
『平気だけど…どうしたの?』
『実はあきの弟をバイトに雇う気あるかなーって思って電話してみた!今、留学中なんだけど』
『え?あきちゃんの…弟さん…?』
『そう!今高校3年で来年からあきと同じ大学通うことになってる!絶対仕事できる上に顔良し、頭良し、性格良しの超完璧な人材…!さらに、英語ペラペラだぜ?』
『…わ!…すっごく、ありがたいけど…樋口ハードルあげすぎじゃない?そんなにすごいの?』
『そんなにすごいマジビビる非の打ち所がない』
『…へぇ…!』
『ちょうど一時帰国中だから、とりあえず面接してやってくんね?採用するかどうかは清水がそん時決めて?』
『ふふっ…うん、わかった!俺も会うの楽しみだよ!』
何も考えず、二つ返事でOKした自分を殴りたい。…断れば、よかった。
あの瞬間に戻れるなら、絶対NOって返すよ。
こんなことになるなら、君を知らないままでいたかった。好きになるって知ってたら…絶対、絶対…会ったりしなかった。
涙が溢れて、もう止まらない。
俺の中の涙なんて、とうに枯れたと思ってたのに。
「……っ、…うっ、」
『楓さん…俺はさ、』
「……?な、にっ…?」
『今までたくさん楓さんに助けてもらった恩があるだろ?ほら、恭介と色々あった時は特に』
「え…、いや、そんな…」
『だからさ……旭と楓さんが惹かれあってる可能性に気付いた時からずっと、本当はめちゃくちゃ助言したかったんだ』
「そう……だったの…?」
『うん…でも我慢した』
「……なんで…?」
『だって…楓さんがどんな決断をしたとしても、俺は楓さんの決定を応援するだけってわかってたから……まぁ、口出ししなくてもうまくいくって勝手に思ってたのもあるんだけどな?』
「かなちゃん……」
『旭には悪いけど楓さんが決めたことを黙って見守ろうって心に決めてたんだ…昨日までは』
「……え…き、…のう…?」
パジャマの袖で必死に涙を拭いながらかなちゃんの言っている意味を考える。
…昨日?なぜ、昨日?一昨日の夜は…店で旭くんと話したけど…そのこと?昨日は旭くんお休みだったけど……、旭くんが…かなちゃんに何か話したってこと…?
『楓さん……落ち着いて聞いて?』
「………え?なに…?」
『昨日旭が……警察沙汰の事件に巻き込まれたんだ』
「…………………は……?」
サッと血の気が引いて、携帯を持つ手が震え始めた。
今、……なんて言った?
警察……?
『と言っても、旭は被害者で…』
「……は……?な、に……なんで?どういうこと…?」
『それが、一方的に暴行されたらしいんだ…でもアイツ何聞いてもほとんど何も答えなくて』
「暴行……?暴行って…殴られたってこと!?」
『うん…』
「旭くん怪我したの!!?」
『……そう、手の骨折と…あばらにヒビが…』
「そんなっ…!」
興奮で息が荒くなる。
旭くんが…?なんで…?
温厚で優しくて聡明なあの子が……誰かに殴られるようなことをしたと?そんなの…あり得ない。
旭くんなら暴力に抗う手段などいくらでも知っているはず。
ということは…相当ヤバいやつに絡まれたってこと…?
ともだちにシェアしよう!