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バイプレイヤーズロマンス【後編】4

『怪我自体は卒業式には出れる程度みたいだけど、昨日はマジで大変だった……病院で暁人はギャン泣きだし、爽はブチギレてるしで……もう…』 「……なんで、俺…」 『え?』 「俺、……なにも、聞いてない…」 言った後におこがましいことを口にした…と気付いた。だって俺は旭くんにとってただのバイト先の店長……友達じゃない。そう、自分で言ったばかりじゃないか。 それなのに、旭くんの身に起きたことについて何ひとつ連絡が来なかったことにひどく動揺した。 そんなこと言う権利、どこにもないはずなのに。 『それは、ほんとにごめん……』 「……」 『俺も暁人もすぐ楓さんに知らせようとしたんだけど……旭が絶対楓さんには言うなって言ってさ』 「え……」 『何度も説得したんだけど、頑として譲らねぇからそん時は折れるしか無くて……』 「なんで……」 『それは、俺もわかんない』 ねぇ、旭くん……なんで? どうせ明日にはお店で会うんだからそんな大きな怪我なら隠せるはずない…… なのに、なぜ俺に連絡することを拒否したの…? 俺、もう……嫌われちゃった…? 『で、本題はこっから』 「え?」 『旭からキツく口止めされてるのに今この話を楓さんに伝えてる理由…わかるか?』 「……全然…わかんない……なんで?」 『だよな…?なんつーか…旭なんも言ってくんねーからこれはあくまで俺の憶測だけど…、今回の事件って……楓さんが関係してるんじゃねーかな?だから旭はあんな必死に楓さんには連絡するなって言ってたんだと…』 「えっ、なに…?どういうこと…?なんでそう思ったの…?」 『だってアイツが殴られた場所……楓さんと爽の母校なんだ』 母校…… 俺と、樋口の……大学……? その瞬間、旭くんを殴った相手の顔が容易に思い浮かんでしまった。 嘘……旭くん………、 まさかあの男に…会いに行った……? 確かアイツまだ、大学で研究を……! 「あ………、相手……は……?」 『あぁ、旭を殴った犯人?暴行傷害でちゃんと現行犯逮捕されたよ!今は警察が…』 「違、う……誰……?どんな人…?」 『え?ああ、なんか爽が…楓さんと同じ学部のすげー嫌な奴って…』 「やっぱり……」 『え?なに大丈夫?』 「どこに…いるの…?」 『楓さん…?』 「……殺さなきゃ……俺が……」 震える身体を必死で押さえつけて立ち上がる。 ……許さない。 絶対に。 アイツには…心も身体も、散々傷付けられた。それでも俺は死にたいとは思えど、殺したい…などとは今まで口が裂けても言わなかった。 当時は相手への恨みより、汚されていく自分への蔑みの方が強かったからだ。 だけど、アイツの標的が旭くんになるなら…もう容赦しない。 あんなやつ……死んだ方がいい。この世から、消してやる。俺のこの手で。 『ちょちょちょちょっと待った楓さん!!!!落ち着けって!!!』 「かなちゃん!!!あのクソゲス腐れチンポ野郎はどこの警察署にいるの!?大学の近く!!?」 『オーーーーイッ!!お下品ー!!!キャラ崩壊しまくってるって楓さん!!!俺よりすげーこと言うのやめろよ!!!』 「だって…!!」 『ったく…その暗黒モード定期的に来るのすっげぇ心臓に悪いんだけど!!』 「いいからアイツの居場所教えて!!もう二度と旭くんの視界に入らないように木端微塵に粉砕してやる…!」 『いや逮捕されてんのに!?どうやって!?』 「知らん!!!!行ってから考える!!!」 『…っ、あーもー……だから…!!!落ち着けっての!!!!!』 かなちゃんの叫び声が電話越しに派手にハウリングする。 『ったく……楓さんも旭も、お互いのこと思い過ぎて思考ぶっ飛びまくってんな…』 「……っ、」 『やっぱり…旭の行動は楓さんのためだったんだな』 「………うん…っ、そうだと思う……」 『はぁ~………旭も…男だねぇ……』 「……そんな簡単な話じゃないよ…っ俺のせいで……旭くんが…」 電話の向こうから呆れたような大きなため息が聞こえた。かなちゃんの顰めっ面が目に浮かぶ。 『あのなぁ楓さん……誰が見たって頭のいい旭がこんな事件起こしてまでアンタだけを一途に慕ってんだぜ?派手に振られて、気持ちを拒否されて、挙句あんだけボコボコに殴られたのに…それでもアイツは楓さんのことしか考えてない』 「……」 『もう、わかるだろ?楓さんが会いに行かなきゃいけない相手は逮捕されたクソ野郎なんかじゃないんじゃねーの?』 「え……」 『だって、今日は旭の高校の卒業式で……同時にアイツの誕生日だぞ?』 「あ…」 そっか……卒業式ってことに気を取られ過ぎて今日が旭くんの誕生日だということをすっかり忘れてた。最低だ。 やっと、頭に登った血が下がっていくのを感じる。 今日で旭くんは……18歳。 『両想いの2人がようやく結ばれる舞台としては…最高のお膳立てだと思わねぇ?』 「……なにそれ」 『ふはっ…!今日会わなきゃ…運命のキューピッドもそっぽ向くってこと!』 「………」 『…もしもーし楓さん聞いてる?』 「かなちゃんって…案外ロマンチストですよね」 『あははっ…!そんなん初めて言われたわ』 「……ふふっ……でもね、心配する必要ないと思うよ?」 『え?』 「だって、俺のキューピッドは……かなちゃんだから」 かなちゃんがクスクスと笑いだす声を聞いて、なんだかようやく身体から力が抜けた。 もちろん時限爆弾が消えた訳じゃないし、俺が彼を選んで良くなった訳でもない。現状はなにも変わってないんだ。 それでも、今会いたいと…会いに行かなきゃならないと…思えた。 あの男と旭くんの間に何があったのかも聞かなきゃならないし、なにより…俺のためにここまでしてくれた旭くんに…ちゃんと愛を伝えよう。 俺たちの関係がどうにもならなかったとしても、もう一度だけ、ちゃんと……話そう。 彼の望む場所で。

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