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ミスターバイオレンスの遺言【後編】10

「わーお…すご……フレンチキスですらクソ興奮するんですけど……かわいすぎないか俺の恋人…」 「チッ……だから全部実況すんなよ情緒ねーな」 口を尖らせながら睨むと、優しく笑い返されて俺の小さな怒りはふわふわと宙を彷徨う。 いつもそうだ。戦意喪失させられるのはいつだって俺の方。実は俺をうまく転がしてるのは本当は恭介の方なんじゃないかって思う時がときどきある。でも、まぁそれでもいいか…と思わせてしまうんだから全くコイツには敵わない。ミスターバイオレンスも形無しだろ?けどそれでいいんだよ。それが俺にとっての幸せなんだ。 「……もっかいして?」 「フレンチキスを…?」 「うん…俺かなからキスされんのずっと夢に見てたから」 「へぇ…」 「ね、お願い…!もっかいちゅってして?」 「……フレンチで満足かよ」 「え…?」 「俺に舐められたくないの…?口の中」 パカっと口を開けて、それから自分の唇を舐める。好物を前にした猫のように舌舐めずりをして、最後にチロっと恭介の唇の端を舐める。これでもかという程の見せつけるような挑発に恭介はわかりやすく下半身を俺に押し付けた。 「エロすぎ…!鼻血出そう…!」 「ンッ…、ばか…お前勃ちすぎ。フル勃起じゃねーかよ興奮しすぎ」 「いやかながそう仕向けてるんでしょ…!?はぁ…やばい、我慢できなくなっちゃうじゃん…!」 「だって…お前で遊ぶの楽しいんだもん」 「ねぇー!ほんとこの人ドSなんですけど!!」 「ふふっ……でもそこが好きなんだろ?」 「死ぬほど好き」 恭介は俺に下半身を押し付けたまま、頬にキスをする。布越しにお互いの勃ち上がったものが擦れあって、じんわりと快感が腰に抜けていく。このまま恭介が少し腰を振れば、たぶん2人とも簡単に射精出来る。そのくらいお互いこの状況に興奮している自信があった。 「俺の女王様、ベッドに行きませんか?」 「……なんだよその誘い文句」 「ダメ…?」 「ダメ。なんかいやらしい」 「え~これからめちゃくちゃいやらしいことするからいいじゃん!っていうか今すでに結構いやらしいことしてるんだから良くない?」 「良くない。こういうのは言葉が下品だとダメなんだよ。もっとスマートで…ストレートにこい」 「んー…そっか…じゃあ…」 恭介は少し考えた後上半身を起こし、俺の手を自分の方に引いた。いまだに靴を履いた状態で向かい合ったまま玄関に座り込む俺たちは側から見てもかなり滑稽だと思う。 恭介は俺の手を握ったまま自分の口元に持っていく。なんだろうと思った瞬間、こちらをバッチリ見つめられながら手の甲にキスが落ちてきた。 おお…なんだ…そういうことも出来んのねお前。なんか……爽みたい。 咄嗟にキザで天然たらしの王子の顔が浮かんで笑ってしまった。笑う俺なんてお構いなしに真面目な顔の恭介は、そのまま指一本一本に丁寧にキスを落とす。柔らかい唇の感触に酔っていると恭介は再びこちらを見た。 「かな…愛してるから抱いてもいい?」 ストレートに言えとは言ったけれど、あまりにも直球ドストレートな誘い文句にさらに笑ってしまう。だけどこれでいい。100点だ。この言葉を糖度100%の甘ったるい声で言われれば、断る理由なんてもうない。満足。 下唇を噛み締めて小さく頷くと恭介が興奮で小さく震えるのを感じた。すごい勢いで俺のブーツを脱がしにかかる恭介の肩に手を置いて落ち着けと目で訴えると、落ち着いてられるか…!と言いたげに睨まれる。 「待てって恭介」 「まだ止めんの!?」 「そんな睨むなって…シャワー浴びたいだけだよ」 「……えー」 「なにが"えー"だよ!不満そうな顔すんなっつの。このままベッドに雪崩こめるわけねーだろ…男女のセックスじゃねーんだぞ」 「ウッ……それはそうだけど……」 「じゃあなにが不満だよ」 「こう、勢いでそのままダーッともつれ込むように性交渉にもっていきたかった気持ちもありまして…」 「無茶言うなよ」 「わかってるよ!?わかってるから……だから……今からかなを見ないようにする…俺の理性が仕事できるように自ら最大限サポートする…」 「ふはっ…!お前ほんとおもしれーな」 「こらぁ!かわいい声で笑うのも禁止!!」 「ハイハイわかりました!じゃあ恭介君は先にシャワー行ってくださいね」 「………一緒に…」 「行くかっ!!」 べっと舌を出して威嚇してから俺は恭介を残しリビングの方に向かう。後ろから「かわいい…大好き…」と囁くような呟きが聞こえたけれど当然無視した。 途中キッチンに寄ってワインセラーの中に先程のワインを突っ込む。おふくろからこれを受け取ったと恭介が言っていたけれど、全く記憶にない。扉を閉めるとその場にしゃがみ込んでため息をつく。両手のひらを見つめ、開いて握ってを数度繰り返す。一見変わったように見えないが、確かに俺の中の何かが変わった。 ああ…、俺…トラウマから解放されたんだな…と改めて実感する。キスはすんなり出来たから、きっとセックスも普通に出来るだろう。そんな気がする。一体幾度この瞬間を待ち侘びただろう。何度自分の運命を呪っただろう。 「………そっか……死んでたのか……」 ポツリと呟く。想像ではもう何回もあの女を殺してきた。でも現実となると話は別だ。犯人が死んで初めて、俺は俺に戻った気がした。 トラウマを克服したら一番初めに思うのはきっと、"もう女に怯えなくて済む"とか"性行為ができる"とか…そういうことだと思ってた。 でも実際、解放されて俺が一番最初に思ったのは… "ああ…これで恭介を本当に幸せにしてやれる" …だった。ベタ惚れすぎて笑っちゃうだろ? ゆっくり立ち上がり、ボタンが外された半分臨戦態勢のシャツを脱ぎ捨てる。同時に遠くでシャワーの音が聞こえてきて、俺は小さく微笑んだ。 ふとポケットに入っているスマホを取り出して、とんでもない量の連絡が来ていることに気がついた。今回の件で一番気を揉ませたであろう菫と、そして暁人と伊吹にも連絡を返す。相当心配させたんだなと一人一人に返事を打ちながらなんだか泣きそうになってしまった。みんなにパリに行くこと伝えなきゃな…と考えて少しだけ気が重くなる。暁人は泣くだろうな。楓さんと旭も…泣くなたぶん。でもきっと喜んでもくれる。 出会ってからずっと自分の味方でいてくれた大切な友人たちを想って、俺は静かに涙をこぼした。

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