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【第四話】敵対派閥の悪役令息との第一次接近遭遇

 こうしてあっさりと入学後、一年が経過した。今年で俺も十四歳になる。講義以外の時間帯や、場合によっては講義はお休みという形で、なんだかんだでアドバズル卿の指揮下として魔物討伐をする事も多いが、なんとか成績は保っている。  地獄の討伐部隊の経験があるから、俺は実技の成績は良い。だが、あんまりにも目立ちすぎても派閥の内外の高位貴族の反感を買う場合があるからと、試験の時などは、俺は力を抑えている。  この一年の間で学んだのは、派閥付合いの大変さだ。俺は兄と同じ派閥ではあるが、兄は寡黙なので、その【月の徒弟】のスコット先輩に色々教えてもらっていなかったならば、乗り越える事が出来ないでいたかもしれない……。  爵位や生まれた順番、そのほかの様々な要因でも、付き合う人間は変わってくるようだった。そして学内には、大きな派閥が三つある。一つは、王家&バルティミア公爵家が今年から加わる事となった、最大派閥の保守派だ。そのライバル派閥が、俺の家も末席に属している、ユングレール侯爵派である。こちらは、魔力こそ正義派で、平民であっても魔力の持ち主はある一定の範囲ではあるが、認めている。だが、それは『貴族制度をないがしろにしている』という側面や、『非魔力持ちの低ランクの人間を差別している』という部分もあるようで、上手くいかない。そして三つ目の派閥は、ダイナミクス派だ。階級制度に関わらず、『Domが全てを治めるべき』という主張をしている。ダイナミクスに重点を置いている。Domは出生数が少ないが、低ランクであっても、多くのSubを支配下におく事が出来る。それも、Subを無理矢理統治するのではなく、だ。そして、≪命令(コマンド)≫が根底にあれば、統率も取れるという考えらしい。  俺には、どれもちょっと行き過ぎだと思う。  もっというと、あまり興味がない……。  俺に課せられた使命は、取り急ぎ、ライバル派閥ではあるが、王太子殿下の密やかな護衛及び、それ以外の場面では、ユングレール侯爵家の派閥の貴族令息の護衛である。それも表立ってはしないし、誰かの手先として稚拙ないじめをするような内容は含まれない。これでも既に俺は、正式な近衛騎士団の暗部の一員という立場なので、王国秩序に害をなすような行為には手を貸してはならないとの事である。  俺の家の場合、対外的な付き合いは兄上がしているようだ。そちらにも、スコット先輩が力を貸してくれているようだ。なお、スコット先輩も、ユングレール侯爵派の家柄である。正直、学生個々人の価値観というよりは、生まれた家が所属していた先で、派閥も分かれている形だ。  と、そんな事を考えながら、本日は日直だったので、俺は職員室へと向かった。  そして担任のウェハーベルス先生に日誌を渡してから、踵を返して校舎を歩く。二階の廊下からは、中庭や、その向こうの旧校舎が良く見えるなぁと漠然と考えた。 「ん?」  すると、旧校舎の一階で、何かが倒れるのが見えた。  ……?  不審に思って、俺はそちらへと自然と足を向けた。旧校舎は、たまに迷い込む生徒がいるのだが、今も物置や委員会室などで使われているそうで、閉鎖はされていない模様だ。確実に誰かが倒れたように見えたので、俺は人並の心配をして、そちらへ向かった。  そして目視していた旧第三音楽室の前に立った。  扉が少し開いている。  まずはそこから中を覗いた。 「離せ――っ!」  中からは声が聞こえてきた。同時に、シャツを引き裂くような音がした。見れば、そこでは金色の髪をした少年が、五人の学生に押し倒されていた。ネクタイの色からして、学生連中は、俺よりも上の学年であり、義務過程の最上級生のようだった。そして押し倒されている方は、俺の一学年下だと分かる――それは、俺が顔を知っていたからだ。 「止めろ!」  声を挙げているその少年は、今年入学した、グレイグ・バルティミアである。敵対派閥筆頭のバルティミア公爵家の出自かつ……俺の記憶する限りにおいての、悪役令息その人である。現在はまだ十三歳のグレイグ少年を取り囲んでいる十八歳の学生達は、ニタニタと笑っている。俺がスコット先輩に教えてもらった派閥のメンバーの顔を脳裏で回想すると――最悪な事に、俺と同じ派閥の連中である。  紫色の綺麗な瞳を見開き、気丈にも相手を睨んでいる二次性徴前のグレイグであるが、体格の良い五人を押し返せていないし、このままでは……良くて殴られ、悪くて強姦されるのだろうなと、俺は中を見ながら、遠い目をした。確かにちょっと見た限りでも、グレイグは美少年だ。 「調子に乗っているお前が悪いんだよ」 「家柄がいくら良いからって、立場をわきまえろ、新入生が」 「泣くかなぁ?」 「ボロボロにしてあげるから安心しろ」 「痛く痛ーくしてやるから、喜べよ」  ……ちょっと、吐き気がしてくる。まぁ、BLゲームである。そういう場面もあるゲームではあった。それに入学後は、学内ではこういう方向性からのイジメもあったというのも聞いた事はあった。DomとSubに限らず、別にダイナミクスは無関係に、色々あるようだ。だが、俺は命を賭してはきたものの、性的な事柄はまだほとんど知らない(元々の世界においても童貞だったしな……)――ただ、俺は、ごく一般的な倫理は持ち合わせている。  理性は言う。  加害者側が同じ派閥なのだから、割って入れば、まずい事になると。  だが、感情的にこれは見過ごせない。新入生を襲うなんて、許される事じゃあない。  そこで俺は、いつもは持ち上げている前髪を下ろして、取り急ぎ髪型を変えた。前髪を下ろすのは、いつも『敵』である魔物を、『排除』する時が多い。それから俺は、右手を持ち上げて、威嚇用の攻撃魔術を援用して、火球を出現させ、左手で扉を開けた。 「すぐに出ていけ」  そう言って、俺は水蒸気の魔術を同時展開し、顔の前をぼんやりさせる膜を構築してから、体には接触しないように注意して、攻撃魔術を放った。現在、学園内で攻撃魔術を使用できるのは、俺と教員のみなので、狼狽えたように上級生五人が振り返った。 「でなければ、焼く」  俺はSubなのでグレアは持っていない。だが、魔物を数多屠ってきた為、殺意(プレッシャー)を放つのは得意だった。それに実際の焔が揺れている姿に、焦るように上級生たちが逃げていった。俺の顔を確認すらしていないようで、ホッとする。それから鎮火させ、俺は、外套を脱いで、床に一人座り込んだまま残っているグレイグを見た。 「貴方は……?」 「……」  俺は沈黙した。  何せ、名乗ったら、お互いに色々と面倒な事になると思ったのだ。 「……通りかかっただけだ」  そう告げて、俺は開けている華奢な白い肩に外套をかける。何の変哲もない、既製品の学園の上着の一つなので、ここから俺の身元が露見する事は無いはずだ。顔も膜でぼやけさせているしな。髪型も変えているしな。 「では」 「ま、待ってくれ。せめて、名前を聞かせてもらえないか? 俺は、グレイグ――」  俺は聞かなかったことにしてその場を立ち去った。  そして前髪を持ち上げ、魔術を使った痕跡を消してから、校門へと向かう。  すると馬車が着ていた。兄上が中で本を広げている。 「遅かったな。ん? 上着は、どうした?」 「教室に忘れました。今日は何を読んでいるんですか?」 「ああ。スコットが好きな紅茶についての本だ。淹れるのは使用人の仕事だが、覚えておいて損は無いと思ってな」  兄上は、心底スコット先輩が好きそうである。  俺が頷いた頃、馬車が走り出した。  本当――ゲームの主要人物と関わるなんてまっぴらごめんであるが、被害が一つ防げたのは良かったとは思う。そんな事を思いつつ、俺は帰宅した。

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