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【第五話】Side:グレイグ①

 ――グレアで排除しようかと、考えていた。腕力で叶わなくとも、己よりも低ランクのDom連中であるから、それ自体は困難ではないはずだと、その時、グレイグは熟考していた。半面、露骨な暴力行為に晒された経験が、生まれて十三年間一度も無かった為、躊躇と動揺もあった。  じっくりと、三日前の旧校舎における音楽室での事件について、グレイグ・バルティミアは思い出していた。本日は、週末の安息日である、日曜日だ。 「グレイグ様。以上となります」 「そうか。全員潰せ、社会的に」  己の執事にそう厳命し、特定済みの犯人だった上級生五人の顔を思い出す。いずれも嫌悪と憎悪が抜けない。敵対派閥の中堅クラスの家柄の子息連中でいずれもDomではあったが、グレイグの生まれしバルティミア公爵家の敵ではない。  焦りと動揺はあったが……冷静に考えれば、決して一人で対処できない事態ではなかった。だが、助けてくれた人間がいた。その事が、グレイグの心を占めている。  元々、『派閥の垣根を越えて話がしたい』などという手紙が来たからと言って、のこのこと出向いた己が愚かである。もっと気を引き締めるべきだと、今回の件では悟らされた。だが半面――と、グレイグはテーブルの上に大切に載せてある刺繡入りのハンカチを見て思う。アンドラーデ男爵家の家紋である片翼の鳥の下に、ライナと縫われている。  名乗る事は無かったが、助けてくれた人物がかけてくれた上着のポケットから出てきたこのハンカチは、すぐにディユーズ伯爵家の三男である手芸委員会のスコットが作成した品だと判明した。ディユーズ伯爵家は特殊な魔力糸を扱っている為、特定が容易だった。そしてスコットは、ライナの兄の、月の徒弟である。  その後、救出された時はおぼろげではあったものの、視認出来ていた髪色の黒と、青い目を思い出し、遠目に確認にも出向いて、声を聴き、グレイグは己を救ってくれた人物の名前がライナだと知った。  ――加害者達と同じ派閥の人間である。  だが、名乗らなかった事を踏まえて、先方もこちらの事を知っていた上で、助けてくれたのだろうと、合理的に推察した。  ライナ・アンドラーデについて、グレイグはこの日より調べ始めた。  学園での成績は、中の中。外見は、特別抜きんでているというわけではないが、平均的に見れば整っている方だとグレイグは、感じた。あくまでグレイグが感じただけであり、学園で噂になるような美貌というわけではない。己の一学年上だが……まず、成績に疑問を持った。音楽室での出来事を振り返る限り、教員以外使用が困難な攻撃魔術をあっさりと使っていたのは、確実だ。  実際、貴族は内々に家庭教師から魔術を習っている例は多いので、奇妙とまでは言えない。だが、それを用いてまで助けてくれたのは――含みが無いのであれば、善人としか言いようがない。  少なくとも現時点において、グレイグの中で、ライナはヒーローだった。人生で、このように誰かに助けられて、ドキリとした経験を、グレイグは持っていなかった。 「……欲しいな。支配してみたい」  ボソりと呟いたグレイグは、ハンカチを見る。だが、敵対派閥であるし、あのように強い魔力が使える以上、高ランクのDomである可能性が高い。Subでなくとも、せめてSwitchならば……――と、空想し、グレイグは頭を振る。このように、誰かを『己のモノにしたい』と感じたのは人生で初めてだったから、思わず困惑してしまう。  ――その日の午後。  許婚である王太子のロイが、バルティミア公爵家を訪れた。ロイは、『Dom』だと囁かれているが、『Switch』である。Domになる事も無論可能であるが、どちらかに転化しているわけではない。この事実を知る者は、ごく少数だ。 「大変だったらしいな」  気心の知れた許婚……というよりも、幼馴染であり、親友や悪友という名の方が相応しい相手に、グレイグが苦笑する。 「ああ。危うく、殿下に捧げるはずの貞操を、散らされるところだったぞ」 「からかうな。グレイグが本気で私に惚れる日が来たら、私は驚愕しすぎてUsualに変化するかもしれないぞ」  なおこの世界では、Usualは別段未分化性というわけではないので、基本的にはSwitchでも転化は出来ない。 「ロイ殿下は、初恋の君一筋だと良く知っている。そろそろ見つかったのか?」  小さく笑ってから、グレイグが尋ねる。『初恋の君』というのは、ロイがお忍びで街に出た――脱走した際にであったという同世代の少年の渾名だ。なんでも孤児院で出会ったそうなのだが、次に会いに行ったら既にどこかの養子となっていたそうで、今も行方が知れないのだという。 「……まだなんだ。中々見つからない」 「クリフという名前だったな?」 「そのはずなんだが……孤児院から今年引き取られた養子の名前の登録だけで、クリフは相当数存在するありふれた名前だ……だが、あの魔力量……高ランクのDomかSubであるのは間違いない。そして私はどちらにでもなれる。何か、見つけ出す方策を思いつかないか?」  切実そうなロイの声に、グレイグが腕を組む。 「俺の考えとしては、『高ランクの平民も入学を許可する』として、それとなく魔法学園に入学するように仕向けるのが最善だとは思うが」 「――!!」 「殿下は、高等課程からの四年間のみ通うだろう? そこに合わせる形で、テスト的に招聘してはどうだ? 確実に高ランクなのであれば、魔力測定球で判別可能だ」 「しかし、平民が学園への入学など……それこそバルティミア公爵閣下が大反対なさるのではないか? 私の父王陛下達とて良い顔はしないと思うが……」 「俺は派閥など面倒だと思うタチでな。俺としては、もっと柔軟な体勢を望ましく思っている。その点、言いたくはないが、父上や国王陛下らは、頭が固い」 「……聞かれたら、怒られるぞ」 「怒られても構わないが、無論、外では保守派の公爵令息としての顔を取り繕う」  グレイグはそう言うと笑った。それからスッと眼を細くした。 「だが、ダイナミクス至上主義派や魔力至上主義派も鬱陶しいな。保守派以上に頭の固い連中の集まりだ。個々性の長所を伸ばす実力主義派を俺は自称したい限りだ」 「グレイグにならば可能かもしれないが、我々はまだ子供だ。もう少し大人しくしておこう。面倒ごとは大人にやらせておけばいいではないか」 「ロイ殿下の腹の黒さには、いつも笑う」 「そんな私だからこそ、上手く許婚のフリもできるのではないか?」 「そうかもしれないですね」  そんなやりとりをした日もあった。  グレイグは、その後すぐに、ロイの恋については忘れて都度思い出すのだが、脳裏から一日たりともライナという名を消した事は無かったし、気づくと学園内でもそれとなく見てしまう日々の繰り返しだった。  それが、始まりだった。

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