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本気の大人達 蓮見圭介

 案の定、あれからめっきり瑛士は俺に近付かなくなった。少しは学んだようだね。ちょっと惜しい気もするが致し方ない。俺も存分にオイシイ思いをさせて貰った。  それにこの辺りで手を引かないと、このオジサマ方も五月蝿いし……。  憤慨する友人のお小言くらいは聞いてあげようと仏心を出したのが仇になった。  約束の木曜。瑛士の元狩り場で待ち合わせた。  店に着くなり渋い顔した友人に手招きされて通された奥の個室には、錚々たる面子が揃いも揃って苦虫を噛み潰したような顔して迎えてくれた。  うわぁ……。これ皆瑛士にソデにされた御人方かい? どの顔も経済誌に一度は載ったことのあるトップビジネスマンじゃないか。いやはや…。やるねぇ瑛士。本当、キミは見る目がある子だ。将来が楽しみで仕方がないな。 「蓮見くん。キミは我らの珠玉にキズを付けた。その責任はどう取る気だね!」  珠玉…。また名が増えたんだ。 「責任…ねぇ。無職の彼に職を与えた。それで充分、責は果たしたと思いますよ」  そーいう事を言ってるんじゃない!とテーブルに拳を叩き付ける某貿易会社の取締役。  貴方確か高血圧症じゃなかったかい? 気を付けないと血管切れますよ? 頼むから目の前でポックリと逝かないでくださいよ。 「蓮見…。キミは事の重大さを解ってないようだ。いいかい。僕らはあの子のストレスの捌け口に、自らの意志と希望でそれを甘んじて受け入れていたんだ。ここに居る同盟諸君は、彼を独り占めしない事を固く誓い、あの可憐で穢れのない彼の清らかなる心を守り抜こうと集まった同胞だ。その我らを出し抜き、剰え彼のじゅ…、純潔を、…散らすとは……っ! 言語道断だ!このケダモノっ!!許さんぞ!!!」  最初は穏やかに話し始めたこの彼も、大手紡績メーカーの経理部長。その穏やかで冷静沈着な人柄と類まれなる頭脳で、まだ三十代半ばに差し掛かったばかりだというのに重責を背負って仕事を熟していると聞く。  ええ…? 冷静沈着とは?  「仕方ないでしょう? 据え膳食わぬは男の恥、ですよ。はははは」 「笑い事ではない!!」  おお…!素晴らしい結束力。流石は名だたる重鎮方だ。  瑛士は彼らがどんな立場に在る人間か知ってるのかな? いや。知らなそうだなぁ。 「まぁまぁ、そう騒ぎ立てる事も無いでしょう」  お、っと。これはこれは…。  有名アパレルブランドの社長さんじゃないかい。いつもうちの会社と懇意にさせて頂きまして、ありがとうございますね。 「ねぇ蓮見くん。貴方は彼を今後、どうなさるおつもりで?」  ……ん? どう…、とは? 「お!そうだそうだ。おい蓮見、お前あの子を捨て置く気じゃないだろうな!」 「そんな無責任な事をしてみろ…。ただで済むと思うなよ!」 「じゅ…っ、純潔を散らしたその責任を取れ!」  ああ~、なるほど。そういう責任の話ね。ふんふん。よく解った。 「何だい、キミ達。僕に瑛士と結婚でもさせる気なのかい?」 「え……瑛士、」 「天使の……名前、か」 「えい……じ…、えい…、たん」 「ほぅ……、可愛らしい名だ……」  ええぇ…。  貴方方、名前も知らずに同盟なんか組んでたの? 誰? 今“えいたん”なんて言ったの。 はぁ…、随分と拗らせてるなぁ。日本経済界が心配になってくるよ。 「生憎と日本に同性婚を認める法律は無いんだよ? 無茶言わないで欲しいなぁ」 「「「「無茶じゃない!!」」」」  いや…。無茶だろうよ。 「おい、永田町に連絡を入れろ」  え?  「伊佐美議員だな。よし」  い…いや、あのさ。 「それだけじゃ足らん。厚労省に居ただろう、ほら。あの」  待て待て待て! 「おお!徳田大臣か!そりゃいい」  いやちっともよくないぞ!  それ、次期官房長官候補じゃないの! 「待ちなさいって!! キミら頭がおかしくなったのか!?」 「「「「至極真っ当だ!!」」」」  何処が!!?? 「ちょっと落ち着こうよ…。いったいこの同盟とやらにはどんな面子が揃ってるのさ。永田町まで出て来るなんて、聞いてないぞ」  まさか瑛士。キミ、議員さんまでカモったの? 凄いね。どれだけお偉いさんをソデにしたのかな。一度リストアップして見せて欲しい。 「だから言っただろう。あの子は我らの聖域だと!禁断の果実なんだ!荒みきった心に澄み渡る清涼の風!……それを蓮見!お前は土足で踏み荒らしやがって。今更後悔しても遅いわ!この紳士同盟を舐めるなよ。経済界は基より、法曹界、桜田門、そして永田町。それら全てを敵に回したらどうなる? ……お前、終わるぞ」  うん……。  そりゃ確かに終わる、ね。 「しかし…。キミらは僕があの子を独占してもいいのかい?」 「「「「いい訳なかろう!!」」」」  お…おお。  その団結力はちょっと怖いよ。 「なら、どうしろと……」 「いいかい蓮見くん。私達は彼と過ごす一時を、それはそれは大切にしてきたんだ。……それは今後も変えられちゃ困るんだよ」  え…? それはつまり…、 「そうだ。我らは今後も、天使にソデにされ続ける事を望んでいる」  ……何それ。 「この紳士同盟は蓮見圭介、お前に俺達の天使の庇護と召喚を任命する。今後我らが同胞の呼び掛けには一切の否は認めない。逆らう事も許されないからな!」  うわー…。一番面倒なの来たなぁ。 「えぇ…。嫌だよ、面倒くさ…、」 「「「「逆らうなっ!!」」」」  お…、おっかないなぁ。   「蓮見、キミに拒否権は無いんだよ。それが我らの珠玉を傷モノにした報いだ。肝に銘じておき給え」  やれやれ…。とんだオマケが付いたもんだ。そりゃ瑛士を庇護するのは吝かではないが、召喚? …何だいそれは。そんなの面白くも何ともないよ。  これじゃあ、結婚しろと言われた方がまだ良かった。うう~…ん。さて、どうしたもんか。 「ところで…。あれ以来、彼におイタはしていないだろうな?」 「ん?」 「恍けるなっ! これ以上の無体は許さんと言ったはずだぞ。忘れちゃいないだろう!」 「あ、あー…。そうだっけ?」 「き、貴様…っ。まさかとは思うが…、お…、おかわりをした…と、か……」  おかわり…って。中々面白い事言うね。いや流石、大企業の経理部長。言葉遊びも粋だねぇ。 「ど…、どうなんだ蓮見っ! や、やったのか…、またやってしまったのかっ!?」  この分じゃ隠してもどうせバレるしなぁ。ここは素直に白状しとくか。 「まぁ…。猫柄のトランクスは可愛かったよ」 「「「「猫柄……っ」」」」  ははは。食いつくねぇ。 「諸侯らが本気なのは充分理解したよ。僕も些か罪悪感のようなものを感じてない訳じゃない。そこでお詫びと言っちゃなんだが、瑛士の秘密を一つ教えて差し上げよう」 「ひ……秘密」 「天使の……」 「な…な、なんだ……、それは」 「ひみつ…秘密……、天使の……」  あははは。これは面白い。  いい年をしたオッサン連中が子供のように目を輝かせてる。いやぁ、中々に爽快だね。こんなに前のめりになられると教えるのが勿体ないなぁ。 「は…蓮見、いったいどんな秘密なんだ」 「勿体振らずにさっさと言えっ」 「た…頼む。天使の欠片を、僕らに恵んでくれ!」 「ひみつ……、秘密……」  まぁ…、教えたところで、キミらには無用の長物だとは思うけどね。 「実はだね、あの子………」  固唾を呑んでお行儀よく背筋を正すオジさん達。まるで飢えた雛鳥みたいだ。ちっとも可愛か無いけど。ハシビロコウの雛かな?  ゴクリ…と喉を鳴らしたタイミングを見計らって、そっと囁くように瑛士(天使)の秘密を口にした。 「乳首が陥没気味なんだよ」  にっこり。 「「「「か…っ!!!」」」」  とっておきだぞ諸君。俺に感謝しなさいよ。  “か”のまま固まった口をパカリと開けたままの紳士諸君はちょっとした見物だ。こんな間抜け面晒しちゃって大丈夫かい? 写真にでも撮っておこう。はーい、こっち向いてー。  カシャリ  あっはははは! これは傑作だねぇ! 「お…っ、おい!」  一番最初に我に返ったのはやはりキミか。幾ら旧知の仲といえ、携帯端末を取り上げようったってそうはいかないぞ。これは保険なんだから。……って、え? 違うの? 「それはホントかっ! …………い」  い? 「色は………。色は…、どんな……」 「キミっ!! や、止めろ!これ以上は毒だっ!」 「あ……あ………、ち…、ちく……、ぅ…」 「う……ぅおぉぉわああぁぁぁ……っ!!! 」  え……。何この地獄絵図。  あ、ちょっと取締役の御人、大丈夫? 顔が茹で蛸みたいに真っ赤だけど…。血圧上がってない? 薬持ってます?  おやおや経理部長ともあろう御方が。乳首くらいで鼻血とは。何処の童貞かな? ほらほら、ティッシュ詰めて。  何だいその汚い雄叫びは…。仮にもアパレルブランドの社長(トップ)ともあろう者がみっともない。キミの会社とは今後も仲良くやりたいんだから、あんまりガッカリさせないでくれ給えよ。  まったく…。紳士同盟が聞いて呆れる。何処も紳士らしくないじゃないか。   「ど……、どうなんだ、蓮見。て…天使の魅惑の果実は……、」  えぇ…。それ知ってどうするの?   それにそういっぺんに情報を流すなんてする訳がないだろう。勿体ない。 「そんなに欲張るもんじゃないよ。それに僕は、瑛士を庇護する立場なんだろう? あの子を庇い立て護るのが役目なんだ。そうおいそれと彼の秘密を暴いてちゃ、元も子もないじゃないか」  折角だからその立場。思う存分利用させて貰おう。俺だってあの子羊くんの事は気に入ってるんだ。 「それに彼はうちの会社の大事な社員だよ。一国一城の主が家臣を売ったりするもんか。これより先は主君である僕の許可なく、我が家臣と接触する事は遠慮願いたい。何しろ彼、企画部所属だもの。コンプライアンスに反する危険性を多いに孕んだ部署だからねぇ。万が一にも社外秘が外へ出回ったりしたら、僕の一存でも庇い立てし切れない可能性もある。ーーーそれとも貴方方。まさか……。折角再就職出来てホッとしてる彼から、また職を奪おうなんて非道な事、考えちゃいないだろうねぇ……」  至極真っ当な事を言いつつ、横行に溜め息を吐いて頭を振って見せた。そんな事しないよねー。大人だもんねー。真新しい職についた青年の、輝かしい未来を奪うような真似出来ないよねー。 「そそそ…っ、そんな事は微塵も考えてないぞ!」 「あ、ああ、そうだとも!あの子がイキイキと働けるなら、邪魔立てするような真似はしない!」  うんうん。流石は紳士だ。聞き分けが宜しい。 「だ…だが、それでは我々はどうやって、天使と戯れたら……」 「い…嫌だ…っ、あの微笑みを糧に、日々辛い仕事をして(戦場を渡り歩いて)来たというのに……っ!」    戯れとか糧とか。まったくもお。 「な…、なぁ、蓮見。…いや、蓮見様!月イチ!月イチでいいんだ!我らにあの天使との、一時の語らいの場を設けてくれ!」 「あ、ああ、贅沢は言わん!どうかっ、武士の情けと思って!!」  えぇ…。面倒だなぁ。  だいたい、この頃俺だって中々瑛士と会えないのに。まぁ…。自業自得だけども。 「うぅ~ん。どうしようかなぁ……」 「「「「頼む!この通りだ!」」」」  お…、おおぅ。  御仁方……。そう安々と頭を垂れるもんじゃないよ!  しかし…。う~…ん。困ったなぁ……。  あの子にはこれ以上深入りしてはいけないと、俺の中で警鐘が鳴ってる。    正直言えば瑛士は物凄くタイプだ。濡れたような艶髪。乳白色の瑞々しい肌。長い睫毛。潤んだようなキラキラの大きな瞳。形のいい鼻梁。ちょっとポッテリとした下唇なんか、思わず吸い付きたくなる程魅力的だ。  安物スーツの下には貧素にならない程度の綺麗な筋肉もついていた。スラリとしたバランスのいいスタイルも磨けばもっと化けるだろう。  見目麗しいその外見だけなら俺が後10歳若けりゃコロッと落ちて恋なんかしちゃったかもしれない。まぁ、良くも悪くも大人だからね。その辺のブレーキの掛け方は心得てる。  だが…。  瑛士の最大の魅力はその中身の純粋さだろう。  あの擦れてなさは何だ。粗暴な言葉遣いもまるで田舎の純朴な少年のようで何とも可愛らしいもんだ。  駆け引きなんて姑息さなんか知りもしないだろう。何時だって全力で此方の悪戯に抗うもんだから、ついつい追い詰めて捕らえたくなるっていうのに。ジャレつく仔猫のようであり、捧げ物の子羊のようでもある。ああ……。なるほど。 「ふふっ、ふふふ……っ、ふはははははははは!」 「「「「……な、何だ?」」」」  いやいや。流石は名だたる重鎮方だ。こりゃ参ったね。先見の明がこれ程とはね。 「キミらが言う『天使』だとか『珠玉』だとか。正直馬鹿にしてたのだけどね」  バカとはなんだ!失敬な! って? うん。まったく返す言葉がないね。失礼しました。 「なるほど。確かに瑛士は禁断の果実らしい」  可憐で穢れのない清らかな心とは誰の言葉だったかな。本当にその通りだよ。 「は…、蓮見くん。どうなんだ。その…、僕達はこの先も天使との戯れを期待していいのかっ」  そうだね~…。  この面々を手玉に取れるなら、面白そうだしちょっとくらいいいかなぁ…。   「ええ、勿論ですよ。紳士諸君」 「「「「うおおぉぉおお!!」」」」  だけど………。 「ただし!」  おや。今度は“お”の口のまま固まったねぇ。うんうん。いい顔だ。面白いなぁ。 「瑛士(天使)は気まぐれだからねぇ。僕の一存じゃそう簡単に召喚などしないよ」  だってねぇ…。俺も気づいちゃったから。……あの子が“愛しい存在(天使)”だって。  そう安々と他の男に可愛がらせる訳が無い。  ははは。何その顔。いや本当いい表情するもんだねぇ。大丈夫? 顎、外れちゃったかな? もう一枚記念撮影…っと。  カシャリ 「お、おいっ!著作権侵害で訴えるぞ!」    そーだそーだ、と口を揃えてまた合唱かい? そんなオジさんボイスは聞きたくないよ。 「嫌だなぁ、これは保険だよ? 万が一、うちの社員に害を成すような不届きな真似をしたら、この画像が世間を賑わすかもしれないから、気を付けておくれよ」 「こ…この下衆がっ!!」 「ふ、不届きな真似をしたのは貴様の方だろう!」  五月蝿いねぇ……。  立場を弁え給えよ。 「あ……っそぅ。なら…この話は無かった事に…」  うわぁ!すみませんでしたぁっ!後生だからっ!お願いしますっお願いします!  ふむ。解れば宜しい。  中々に有意義な会になって良かったね。 「では。その時が来たら、追って沙汰を出しますよ」  じゃあね。今夜はもう解散しましょ。流石にこれ以上、こんな必死なオジさん(本気の大人)達を見るのは堪えられない。  にこにこと紳士の仮面を貼り付けてその場を去った。  さて……、と。  ああは言ったがどうしたもんかな。素直に誘っても絶対に来ないだろう。というか、誘える機会さえ危ういな。  何しろ前回の一件で、あの優秀な秘書がセクハラGメン宛らに鋭い眼光を光らせているし…。美女が怒ると本当に怖い。  かと言って職権乱用なんかしようものなら、今度は佐藤女史がパワハラGメンになりそうだ。 「やっぱり女性とは相容れないねぇ」  まぁ…。その内チャンスは巡って来るでしょ。  もうすっかり、手を引く気なんて失くなった。 「気長に待つとしますかね」  子羊くん。大人は本気になると怖いぞ。覚悟しときなさいよ。

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