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第12話
「え、えええ、え、何の話?」
突然あの女などと言い出した桃司に、戸惑うことしかできたい。
「は?僕この目で見たんだけど!今日の昼間、女の人と歩いてた!みっともなくニヤニヤして!ちーちゃんが女の人と歩いてるなんて、あり得ない!童貞のくせに!」
それから頬にぱたぱたと落ちてくる雫と、思いがけない言葉に一つ思い当たることがあってすぐに否定した。
「なん、え、違う!それは誤解!あの子はただの後輩だから!」
まさか見られていたとは。あんな人の多い街で、地味眼鏡スーツ姿の僕を見つけてくれるとは。
「…ほんとに?」
「本当。」
断じて彼女とはそういう関係ではないと頷くと、肩を掴んでいた手の力が少し緩んだ気がした。だけどやはりその表情はどこか不安そうだ。
「じゃあ…じゃあ僕のこと好き?」
「当たり前だよ!」
心許ない声で訊ねられたその質問にも力強く頷く。
何がそんなに不安なんだろう?
女性と二人でいたことと、今の状況と、泣いている桃司が景親の中で今一つ繋がらない。
「じゃあなんで何もしないのっ?」
「え?」
「どこに遊びに行っても全然そういう雰囲気にならないし!童貞だからどうしたらいいのか分からないのかなって思ってたけど、全然下心なさそうな顔して…っ」
ベッドに押し倒されたまま、少しずれた眼鏡を直してまさかと恐る恐る口を開く。
そんなわけないと分かっている。それでもこんなことを言われて、期待しないなんて無理だ。
「手出してほしかったの…?」
桃司の顔が耳まで一気に赤く染まった。涙をいっぱいに溜めて睨み付けるようなその表情に、何かが背筋をゾクリと駆け上がる。
このまま、この腕を引いて衝動のままに押し倒しても許されるんだろうかと息を飲んだところで、ハタリと気が付いた。
童貞歴が長い景親の中では既にそういう行為=金銭の授受が発生するという公式が成り立ってしまっている。
「ご、ごめん僕気が付かなくて…。あの、今日は結構手持ちがあると思うから、財布確認しても…」
もぞもぞと体を起こそうと腹筋に力を込めると同時に、広い部屋に桃司の叫び声が響いた。
「…っ、このクソ馬鹿!!!」
特大の悪口と共にベッドを下りて、床に起きっぱなしになっていたスニーカーを力一杯投げつける。それは見事に景親の顔面へとヒットした。鼓膜を震わせる眼鏡が破壊された音と、桃司の声。
「好きだって言ってんの!!もう知らない!!帰る!!!」
ひりひりとした痛みも、ぼやけた視界も、その瞬間に全て消し飛んだ。
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