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初雪

校門に寄り掛かる学ランはずるずると着崩している。ほとんど赤色に染め上げた髪は嫌でも目立ち、下校する生徒達が奇異と畏怖の視線を向けてくるが気に留めている余裕は無い。穏やかではない心中を隠す為、配る視線は無意味に鋭いものとなってはいるが、司は常によく知った人物が訪れる気配を探っていた。 「司くん!」 ちらちらと小雪が舞う中、あたかも子犬が一目散に駆けて来るように幼馴染がやって来た。大きな瞳を更に大きくした後、満面の笑顔を浮かべて駆け寄る幼馴染を周囲の人間は更に驚きの視線を注いでいる。いかにも不良といった雰囲気の司と、華奢で小柄で、笑顔が良く似合う少年である琉太というアンバランスな組み合わせは、本人達以外の目には奇異なものに映るのかもしれない。 司の方は相変わらず周囲の様子に気を払う余裕は無い。無愛想を装った仏頂面で、手にしていた紙袋を押し付けた。 「……雪、降ってきたから」 「え?あ、俺の?司くん今日は学校来てたの?」 真面目に登校していたのなら、この荷物はここには無い。紙袋の中からは前の冬に琉太が愛用していたマフラーと手袋が入っている。登校に気が向かず、ぶらぶらと街を彷徨い時間を潰していた所に今年初めての雪が降った。深く考えるでもなく、その足で勝手知ったる琉太の家に行き、幼い頃はよく面倒を見て貰っていた琉太の母親に風邪をひいたら困ると適当に理由を告げて冬の支度を出して貰った。琉太の母親もまたおっとりとした人物で、あらあらどうもありがとう等と言って細やかな追求をされなかったことは幸いだった。 「…来てない」 「そうなんだ?じゃあ明日は迎えに行くね」 琉太はどこかズレている。自分が家まで迎えに行けば、司は登校してくるだろうと信じて疑わない。そこには司が不良である事は関係が無いらしい。琉太にとって司は、今も昔も幼馴染だ。 「余計なこと…」 「あ。あったかーい。やっぱりマフラーあると暖かいね。ね、知ってる?人間て首と手首と足首冷やさなければ風邪ひかないんだって」 琉太はいつもよく喋る。どうせそのうち歩幅を合わせることになる癖に先に歩き出す司の後を追い掛けながら器用に首にマフラーを巻く。紙袋を鳴らしつつ手袋を取り出した。 「司くんの分は?」 「いらねえよ」 「そう?じゃあ俺の片方貸してあげる」 暑いの寒いのと言ってられるか、と学ランの前を開けたままの着こなしはただの強がりにしか見えないだろう。小首を傾げた琉太が、躊躇することなく左手の手袋を司に差し出した。 「……」 渋々、と言った体を繕いながら布地を受け取る。素直に左手に嵌められた手袋に琉太が満足気に笑う。右手の——琉太の側の手は、無造作にポケットに突っ込んだ。 「あ!ねぇねぇそこのコンビニで肉まん買っていこうよ」 「…なんでだよ」 「初雪降ったら解禁しようと思ってたから。司くんの分俺が奢ってあげるね」 お礼、と歌うように続ける琉太の足取りは軽やかだが司と並んだ肩はズレてはいかない。司に手袋を貸してしまった左手が冷たそうで、思わず指を伸ばしかけるも我に返って躊躇する。 訪れた冬に、琉太を暖めるものがマフラーや手袋や肉まんではなく自分であればいいのに、と毎年のように思う司の指は、きっと今年も躊躇したままだ。詰まる胸に白い溜め息が溢れかけるも、今年も変わらず隣で弾む白い雪に、安堵の心地が胸を埋めた。

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