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一片2
文化祭の日、司と琉太はほとんどの時間を一緒に過ごした。
割り当てられた大看板は無事に完成し、業者の手によって校舎の目立つ場所に掲げられた。
それを見上げるのも早々に、司と琉太は約束するでもなく肩を並べて校内を巡った。
祭りが開催されている賑やかさを通り越して騒々しい校内をひたすらぶらぶらと練り歩くだけで気分は高揚した。
知らなかった───中学時代とは違う文化祭の賑やかさをどこか俯瞰して眺める司の隣で、琉太はずっと楽しげにしていた。
あれが食べたい、これを見ようと司を引っ張り回し、過ぎる時間を一時も無駄にしないとするかに司の半歩先を行く琉太が振り返る度に笑っている。手を繋ぐような真似はしなかったが、のろのろと、気だるさを装うようにして、片手をスラックスのポケットに突っ込んで歩く司のもう一方の手、制服の袖を引いて歩く琉太の指先から僅かに体温が伝わってくる。
この景色をいつまでも見ていたい。
この景色を、どうして見たいと思わなかったのだろう。
ろくに学校に通わず、校外で悪さに興じていたことを恥ずかしいとは思ってはいない。あれはあれで自分にとって必要な時間だったと思っている。
だが、琉太といられる時間を削り、失い、取り戻せないものとして浪費してしまったことには後悔していないとは言いきれなかった。
やがて日が落ち、校内の電気を落としてから生徒も教員も校庭に集まり始めた。
文化祭の締め括りは、学校の側のだだっ広い空き地で花火を打ち上げることが恒例になっている。
校舎の中からも見られるものの、皆屋外で花火を見上げたい。
学校生活の1ページを彩るべく、文化祭という一大イベントを終えた清々しさと共に生徒たちが賑やかに集う様を、司と琉太は普段自分達が使っている教室の窓から眺めていた。
数分前に流れた校内放送を聞いてから司は花火の存在を思い出した。校庭に出るか、と琉太に問うと、少年は少しだけ考えた後に横に首を振り、そのまま出入口に向かう生徒たちと逆行するように階段を登り、教室のドアを開けた。
校舎の中には自分たちのように誰もいない教室にいる生徒もいるかもしれない。だが、この空間では二人きりだった。
照明を点灯させていない教室が次第に暗くなっていく。しばらく窓際の机に腰掛け、二人だらだらと何気ない世間話や今日の感想を口にしているうちに、やがてどん、と大きな音が鳴った。
反射的に目をやる空がぱっと明るくなる。
白い色をした大輪の花火が大きく空に広がった。
「ああ…、綺麗だねえ、」
「ん、」
のんびりと、小さく感嘆する声が隣から聞こえた。
視線だけを向けると、琉太の顔が明るく照らされて、また花火が1つ上がったことを知る。
ぽんぽんと上がる、それほど数は多くはない花火を無言で見上げた。首が疲れて視線を下に向けると、琉太の指が机の縁を掴んでいて、触れたいという衝動を抑える為ににぶらぶらと両足を揺らす。司の方からは、琉太には触れない。
開けた窓から微かに火薬の匂いがする風が入ってくる。9月の風は、ほんの少しの肌寒さを感じさせた。
「…俺ねえ、こうやって司くんと学祭の花火が見たいな、って、ずっと思ってたよ」
不意に口を開いた琉太はいつもより早口だった。
顔を向けて見ると目が合う。琉太は気恥しげにはにかみ、目を伏せた。
「だから、最後に叶って嬉しいんだ」
「───最後、とか、」
何気なく口にした言葉に、どきりと鼓動が跳ねた。
今日一日抱えていた淡い後悔を見透かされたようで、あまりに儚い一日を、先の2年分を叶えてやれなかった自分を突き付けられたようで、ぎゅ、と胸が軋む思いがする。
無論琉太には司を責めるような意思はないだろう。
そして、琉太の言う通り、今夜のような日は最後なのだ。
自分たちは、春にはこの校舎を卒業する。
「間に合って良かった」
再び花火を見上げた琉太がぽつりと呟いた。
その花火のように淡く光る一言は、司を救う一言として胸の中に落ちて留まる。
「…うん、」
ようやく返した相槌は喉に引っかかったように掠れた。それでも琉太は花火も見ずに司に目を向ける。次の言葉を待つ瞳が、今度はオレンジ色の火を映していた。
「…俺も、楽しかったよ、今日」
司の視界に映る場所で、ぱ、と花が開くように琉太が笑う。
腰掛けている机の縁をなぞるように滑った琉太の指が司の手に触れる。握り締められ、体温が移り始める。
季節外れの花火はもう時期終わりを迎えるだろう。
終幕に向けて上げる花火は、上空に漂う煙が風に流されて去るのを待っているらしい。
すっかり暗くなった教室の中、琉太が司へと顔を寄せる。
影が一瞬だけ一つになり、またすぐに離れるのを待っていたかのように、空が明るく彩られた。
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