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男は自身の鞄から名刺ケースを取り出すと そこから2枚の白い紙を引き抜いた。 「名乗るのが遅くなってすまないね。僕はこういう者です」 名刺の受け渡しには慣れているようで 俺と、それから澄晴に1枚ずつ名前と企業名の記された名刺を手渡す。 反射的に懐を漁って申し訳なさそうに肩を落とす澄晴を横目に捉えたが、そもそも前夜に休みを取らせた上に突然病院に付き合わせたのだから、仕事用の名刺を所持していなかったところで誰も責めはしないと思うのだが…。 受け取ったそれのやり場に困っていると、くすりと吐息をこぼして沈黙を断ち切ったのは、他でもない俺の母だ。 「来碧が、大切な人を紹介してくれるだなんて言うから…お母さんも来てもらったんだ。 彼は、お母さんの大切な人です」 「、なっ……え?」 信じられない言葉に、適した返答が即座に見つからないのは仕方のない事だろう。 番に捨てられたΩの母が、自らそう言ったのだ。 隣に立つ、少し緊張した顔を見せるこの男を指して。 αにありがちなギラつきや横柄な態度など、一つも見当たらない彼はβで間違いない。 勿論、先ほど挙げた事に関して澄晴は例外とするが。 と、すれば…この男は生まれながらに約束された平和で普通の生活を捨ててまで母を選ぶとでも言うのだろうか。 そんなおかしな事があるのだろうか。 母は、俺達には聞き取ることのできない小さな声で 男に耳打ちをした。 そして──。 「…随分とびっくりしてるみたいだし、よかったら2人で話して来たら?お母さんも、来碧の番の方と少しお話してみたいな」 皮肉めいたそれでもない、ただ単に俺の反応を面白がっているように笑う無邪気な母は、未だ細すぎる指で俺の胸元を指した。 ポケットから少しはみ出ている煙草の箱。 ちらりと男の方を見れば、彼もまた右手に箱を持っている。 ……二人仲良く一服でもして来いってか。 本来気を落ち着けるために吸う煙だ。 むしろ気を張るその状況で、不味くなったらどうしてくれるんだよ。 今の時代、この箱1つも高いんだからな。 と、まあ俺のつまらない不満はさて置いて、既に薄手のアウターを羽織る男が出ていこうとするものだから、それを慌てて追いかけた。 カーテンを閉める間際、この数分間全くと言っていい程声を聞いていない澄晴に目を向けてみたが…。 案の定、緊張のし過ぎで今にも泣きだしそうな顔をしていてつい吹き出してしまう。 「じゃ、お母さんの事よろしく」 「え、ぇえっ!まっ、ちょ…ええっ!!!」 アイツの事だ。 どうせ、頼る人間が居なくなれば上手くやるさ。 なんたって、この俺が惚れた男なんだから。 扉の向こうへ消えかけた背中を追い、小走りで部屋を後にした。

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