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前編
高校二年の夏。僕は必死だった。
前回の中間テストで散々な点数を取ってしまい、担任がテストを返却する時にため息をついていた。
『お前、次こんな点数なら追試だぞ』
冷ややかなその言葉に、マズイと心を入れ替えた僕。テスト週間のときは、寝る前の時間に自分の部屋で勉強時間をすることにした。
初めは勉強に集中するため、無音で勉強していたが、僕はどうも無音だとかえって集中できない。
スマホの中の歌を流すとついつい、聴き入ってしまうし、どうしようと考えた末に、ラジオを聴くことにした。
ちょうどラジオをつけた時、チルアウトやライトなジャズなど感じのいい選曲ばかりする番組が流れていた。曲だけではなくDJの声がいい。優しい声だけど耳に残る声。でも主張しすぎない。
テスト勉強にはもってこいだ、と僕はその番組を聴きながら参考書を広げた。
それが今から数ヶ月前の話。僕とそのラジオ番組【ナイトスペース】との出会いだ。
***
カリカリカリ…。
シャーペンでノートに書く音が部屋に響く。今日も明後日のテストに向けて勉強をしている。
僕は勉強をしながら、【ナイトスペース】のDJである有村彗 さんの声に耳を傾けていた。彗さんの聞こえやすい声を聞いてると何故か勉強が捗るのだ。
その甲斐あって次は追試だぞ、と脅されたテストは楽勝だった。担任に『やれば出来るじゃないか』なんて褒められてホクホク。
それもこれも【ナイトスペース】のおかげかもしれない。僕は彗さんの声を聴きながら、密かに感謝した。
最近は、テスト勉強する日以外でもベッドに入って【ナイトスペース】を聴いている。さざなみのような彗さんの声。それがふわふわと心地よい。
『それでは、みなさん。明日も笑顔で過ごせますように』
番組を締め括るいつもの言葉を聞くころには、僕の瞼は半分、閉じていた。
そんなある日。
【ナイトスペース】ではテーマを決め、リスナーからリクエストとともにエピソードを募集して、彗さんが読むコーナーがある。僕はこのコーナーが好きだ。リスナーの話の合間に彗さんがプライベートな話を語るから。好きな食べ物や、休日の過ごし方。彗さんのプライベートを聞くと何だかソワソワしてしまう。
『さて、今日のテーマは【初恋】です。うーん、これは恥ずかしいですね、僕のこの歳で【初恋】を語るとか。まあ僕はともかく、皆さんの【初恋】話をメッセージしてくださいね』
少し照れたような口調で彗さんが喋る。そう言えばもう二十代後半だと言っていたっけ。
そのあと、映画のサントラが流れ始めた。確か、この映画は恋愛映画だったような気がする。
初恋かあ。僕は初恋が未体験だ。幼馴染の貴志は彼女が出来たし、クラスメイトたちは女子のランキングを密かにつけてたりしているけど。
僕は女の子に興味が持てないようだ。
『好きな人のことを考えると、ソワソワして落ち着かなくなりますよね。その人のことを知りたくなってきて。あとで気がついたらああ、これが初恋だったんだなんて、いやあ懐かしいですね』
音楽が終わり、彗さんが昔を振り返りながらそんな事を言っていた。彗さんの初恋話も披露している。
ソワソワして、もっと知りたくなる…。僕はふと思った。それって今僕が彗さんにもっている感情と同じじゃないだろうか。僕にとって初恋は彗さんなのだろうか。
僕はスマホを取り、メール文章を作って【ナイトスペース】のメールアドレスへ送信した。
『初恋の相手は彗さんです』
このメッセージが届いた彗さんの反応を知りたくて。
読んで欲しいような、そうでもないような。
すると数分後、その短いメッセージを彗さんが読み上げてくれ、僕は身体中が熱くなった。
『わあ、僕が初恋の相手だなんて、嬉しいな。今、聴いてくれているあなたはドキドキしてくれてるのかな。ありがとうございます』
それはきっと社交辞令だろうし、相手が男だなんて思っていないのだろう。
そんなこと分かりきってるのに。僕はもう顔から火が出そうなくらい熱い。胸のドキドキが半端なくて死んじゃうんじゃないか、と思うくらい。
僕はこの時、確証した。僕の好きな人は、彗さんなんだって。
それから僕は【ナイトスペース】を毎日聴いている。
あの日以来ますます彗さんの声が好きになってきて、最近では顔を見てみたいと思うようになっていた。
優しい声の様子から、きっとほんわりした人なんだろうな。優しいお兄さんって感じなのかな。
『ここでお知らせです。来週、この番組の公開録音があります。よかったらみなさん会いに来てください』
その彗さんの言葉にベッドに寝転んでいた僕は勢いよく飛び起きる。公開録音?もしかしたら、彗さんの姿を見れるチャンス?
俺は机の上に置いていたペンを取り、日時と場所をすぐさま紙に書いた。
彗さんに会える!と僕はこの日ドキドキしてなかなか寝ることが出来なかった。
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