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22 欲望の加速⓷
長い睫毛を伏せ、柚希はこっくりこっくりと、ほとんど寝こけていた。
皿の上に突っ込んでサツマイモを探る手が危なっかしくて、幼子に世話を焼くように箸を取り上げる。
そのまま椅子を引いて抱き上げると完全に脱力した成人男性の身体はいくら細くともずしりと重たかった。しかし和哉は幼い頃は背負ってすら貰った柚希をこうして抱き上げられるようになった自らの逞しさを誇りたいぐらいだ。
腕を首の後ろに回させるとなんとなく必死な様子できゅっと和哉の襟元を掴んできたから、そのままなんとか背丈は変わらぬ柚希を持ち上げて廊下に向かって一歩踏み出した。
こうなることを想定して、実はこっそり一階にある和哉の母と柚希の父、両方の仏壇の或るかなり強烈な客間に布団を引いておいたのだ。
亡き両親の目前で柚希に手を出そうとしている。
われながらいい根性をしていると和哉も思ったが、今どきのモダンな仏壇の扉をしっかり閉じて、心の中では母と柚希の父に詫びる。
(兄さんは僕が将来、絶対に幸せにしますので、今日は見ないふりをしてください)
慎重に兄を布団の上に下ろそうとしたらぎゅっと抱き着かれてすりっと頬を寄せられた。その仕草にどきっとしたら、腕の中で柚希が小さく呟いた。
『あつや、さん?』
思わず呼吸が止まり、柚希を抱く腕が急により重く感じられ取り落しそうになるのを和哉はバスケで鍛えた下半身に力を込めて、懸命にこらえた。
無言のまま短い廊下を歩いて、ゆっくりと柚希をふかふかの布団に下ろした。
先ほど柚希が放った一言でかき乱された心とは裏腹、冷静にと念じ続けたおかげで、努めて丁寧に首に巻きついた腕をとって布団においてやると、和哉は立ち上がり叫びだしたくなる気持ちを何度かこらえて口元を両手で覆いながら兄を見おろした。
(父さんと僕を間違えてる?)
柚希の無意識の世界の中で、きっと和哉はまだ幼い弟で、自分を抱き上げて運べる存在は逞しい父の敦哉なのだ。
ちっとも男として意識してもらえないのは薄々感じていたが、これはもう顕著すぎて泣きたい気持ちよりも先に強い嫉妬心に苛まれて呼吸が荒くなった。
とても認めたくはなかったが、多分……。
(柚にいは、自分でも気が付いてないけど、きっと初恋の相手は僕の父さんだ)
わざわざ教えてやるつもりなど毛頭ない。
きっと本人すら自覚したら戸惑い煩悶するであろう。
多分、理想的な父親としての憧れ、大人の男性に庇護されることの深い安心感等すべてが混ぜこぜになった憧憬に、ほんの一匙混ざりこんでいるような隠し味の蜂蜜のように香り立つ、柚希の初恋。
和哉は胸をちくちくと苛まれながらも柚希の上に四肢で覆いかぶさり、獲物の喉笛に喰らいつこうと狙う、狼の如くゆっくりと顔を近づけていった。
片手でしっかりと恋人つなぎをしてさらさらと黒髪を散らした柚希の頭のやや上に重ねると、日頃よりくたっと力の抜けた唇は簡単に和哉の侵入を許した。
一度唇を離し、上唇を崩すようにくにっと押し付けてから柚希の筋肉が発達しつつもすんなりと細い首筋に舌を這わせて甘噛みを繰り返す。
「んあっ……。はあ、はぁ」
艶っぽいため息を上げて柚希が再び、自由な方の腕を和哉の首に絡めてきたので、嬉しさ半分憎さ半分の複雑な気持ちに苛まれた。
(まさか、父さんにされていると……思ってるの?)
「柚くん……」
『柚にい』や『兄さん』ではなく、わざと敦哉のような低く腰元に響くような声で、敦哉が柚希を呼ぶように耳元で囁けば、柚希が反応して背中を反らしたような気がした。
自分で悋気の炎を煽った癖に、和哉は苛立ち思わずはだけていた柚希のキナリのネルシャツの前をボタンが弾ける勢いで乱暴に開いて、鎖骨とその下、胸の上にがぶりっと噛みついた。
「ああっ!」
殆ど意識がない程微睡んでいた柚希が、痛みで身じろぎするさまが哀れだったし、寝込みを襲うのはどう考えても卑怯だとは思ったが、今まで柚希に幾たびも嫉妬させられ、柚希を想うたび愛おしさと同じほどの憎らしさ、そしてそれを押して余りあるほどの執着と恋情が和哉の中で頂点に達していた。
(柚希! 僕だよ。君を今抱きしめているのは、僕)
そのまま乳首の先を潰したり吸ったりしつこく舐めとると、その半開きの口にサディスティックに指を含ませる。舌を指先でつまんで弄ぶと、柚希はくぐもった声を上げつづけ口が開きっぱなしになった端から飲み込み切れぬ涎が垂らして喘いだ。苦し気になったので指を引き抜くとけほけほと咳き込む。そのすきに掴んでいた手を外してシャツを腰元まで下ろして片腕から引き抜いて素肌を晒させると、横向きにした柚希の背後に寝転んだ。
秋、暖房を入れ損ねた部屋の中はひんやりと冷たいままで、鳥肌をたてた柚希の肩口から幾ら痕をつけても本人からは見えぬ卑怯な位置にキスマークをつけて尾てい骨の上までたどり着いたら、柚希が細腰を反らして逃げようとした。
和哉はそれを許さずに柚希をうつぶせにしてしまい、柚希の唾液で濡れそぼった指を筋肉で引き締まりつつも適度にふわっとした感触もある尻の間の一点に押し当てる。
痛い程張りつめた腰の物を意識しつつ、そのまま柚希を自分のものにしてしまいたいと何度込み上げる衝動を滾らせ抑えることに苦心したが。
じっとりと緊張から汗をかきながら和哉も指でこのまま柚希を穢してよいのかと逡巡する。
(駄目だ……。つながる時は気持ちが通じてから。これは兄さんがΩになるように導く儀式だ)
迷った挙句にきゅっと絞られた白い腰を抱え上げて和哉は長く伸ばした舌先をその秘所に触れさせた。
片手は器用に柚希の割と大きいが滑らかな陽物にかけ、かなり遠慮なくにねちゃりねちゃりと水をたてながら追い詰めるように扱いていった。
こういった刺激を人から与えられることに慣れていないようでいても、柚希の身体は徐々に快感を拾い出し、背中から腰元までの稜線が堪らなく美しい身体をくねらせ柚希が喘ぎ声をたてた。
酒の酔いも手伝い柚希の前はくたっとしたまま中々芯を持たないのに、後ろへの刺激で身悶える姿の淫欲な様子に和哉もグレーのスウェットにシミをつけ、中から天を衝くほどそそり立った自らを取り出した。
皺をなぞるように舌先を這わせば、奥からとろりっとした液体が蜜のように蕩けだす。日頃は見えぬように大きな口を柚希の前で晒さぬようにしている犬歯を剥いて、その雫をべろりと舐めとると僅かに甘いとすら感じたのは和哉がα性を持っているからなのだろうか。
(αやβの男は濡れないよな? 兄さん……やっぱり……。ああ。入りたいよ。あったかい、ぬるぬるの、兄さんの胎の中)
学校生活でΩの子に充てられぬようにと父とだけは相談しすでに抑制剤は服用していたので香りまではよくわからなかったが、代わりに風呂上がりの柚希の石鹸の香りのする首元に鼻を埋めて獣のように色香溢れるその匂いをかぎ取った。
(兄さんの香り、兄さん! 柚希!)
「ゆずき! ゆずき!!」
なんとか理性を押しとどめ、しかし柚希の揃えさせた足の間を割り開くように柔く力の抜けた尻に硬くしこる和哉自身を擦り付けると、和哉のものがあたり、攻め立てられた柚希も無意識にひっきりなしに甘い吐息を吐き散らした。
「あんっああっ、あん!」
両親の不在をいいことに、尻と腰骨が当たり大きな破裂音がなるほど、かなり放埓に打ち付け攻め立てる和哉は、柚希の腕ごと拘束しがっしりと身体に両腕を回して抱きしめながら果てた。間髪入れずに今度は柚希の身体を一瞬押しつぶしながらうつぶせて、再び背後から交わるような形に横向きに兄を抱えなおすと、布団に寝転んでまだゆるゆると腰を使う。
ぐったりとした柚希が身じろぎし、小さく身体を震わせながら目を覚ましそうになった気配を敏感に察知し、怠さと一抹の虚しさを胸に去来させながら和哉が片手で目を覆って耳元でまた敦哉をまねた声色で吹き込んだ。
「柚くん……。眠りなさい」
「……ん」
素直な柚希は本当に全身から力を抜くと、前に回されていた和哉の腕を愛し気に腕で抱きかかえて、またあの穏やかな寝息を立てはじめた。
柚希を一瞬でも手に入れたような心地になり、あれほど手に入れたかった細くもしっかりとした骨格の悩ましい身体を揺さぶっている時、確かに兄との間に一体感を感じて頭の中は快感で満たされた気がした。
しかし真新しい客用布団にいった夥しく放った精液と共に、夢見心地の気分まで全て霧散した。
(柚希、兄さん……。目を覚ませ。僕を見て)
柚希は再び泥酔し、ぐちゃぐちゃになった互いの身体をどうにかせねばとおもい何度も自分に号令をかけたが、それでも和哉は柚希の身体を離すことができなかった。
まんじりともせずに微睡んで……。白む朝を待たずに彼の身体を清めて洗濯物を出し、再び共に添い寝をして横になった。腕枕をしながら乱れた黒髪を優しく撫でつけると、胸に擦り寄ってくる。誰だと思ってしている仕草なのかを考えると空しくて……。
和哉もひと時瞼を瞑ると、温かな身体をくっつけてねむっているというこの事実だけを幸せと思い込もうと柚希の身体をぎゅっと抱き寄せた。
翌日は昼近くになってやっと目を覚まし、二日酔いで頭を押さえて呻く柚希を甲斐甲斐しく介抱して礼を言われ続けた。
昨晩の熱く狂おしいやり取りを何も知らぬ柚希が哀れででも憎たらしくて、しかしすまなそうな顔で笑いかけてくれるのが誰より可愛くて。
柚希を一時でも手に入れた気持ちになって愛情が全身から溢れ零れるようでも、この気持ちを今伝えるべきかを判断ができず。
すべての感情が混ぜこぜの17歳の和哉はもう、このまま気持ちを抑えきれずに長きにわたる片思いを告白してしまおうと決心した。
しかし柚希は再び忙しい毎日を過ごし、バイトも遅くまでしてから帰り、帰宅後はすぐに眠ってしまいと、7年越しの片思いを告白するには適当でない夜が続いた。
愛する人に、一世一代の告白するならば、おざなりのそれでは嫌だった。
柚希の時間がしっかりとれる日が良いと週末の柚希のバイトがない、二人で買い物に行くと決めていた日に、柚希が以前からいきたいといっていた古民家の甘味処でと狙いを定めた。
次のお互いの休みには……と何べんも何べんも告白の言葉を考えていた平日。そうあの日から一週間待たずして、柚希は発情した。
柚希はやはりΩであると宣告された現実を受け入れられないようだった。
家族のいない隙に別に医師に『どうしたらβに戻れるのか?』と聞いて否定され、泣いて泣いて.......なり取り乱していたと医師から桃乃が聞かされた。
そののちは落ち着いて、三日後色々な検査の結果退院することになり、柚希は柚希なりに沢山悩んで考え出した答えがあんなに大好きだった父と物理的な距離をとるために家を出るというものだった。
真面目で家族思いで地に足をつけた柚希らしい答えだったが、そんなことをする必要はない、今後は抑制剤をしっかり服用するし、ヒートの時には自分がホテル住まいに移ると敦哉が説得しても、母がそれならば昔と同じように二人でアパートに越しましょうと柚希に訴えても。外でオメガが一人で暮らすことの危険性をまざまざと和哉が説いても。
いつもは和哉の言うことには素直に耳を傾けて我儘を聞いてくれる柚希なのに頑として譲らなかった。
「俺、こんな身体になっちまってごめんな?? みんなには迷惑をかけたくないし。俺もう成人してるから一人暮らししてもおかしくないだろ? 環境を変えて一から出直すから、これから自分がこの身体で生きていくって自分でも納得できないと、とても前に進めそうにない……。」
柚希は柔軟な考え方ができる人だから、わりとすぐに自分がΩであることをうけいれるのではないかと安易に考えていただ。それだけに柚希がΩとして変化したことの嬉しさに内心浮かれ切っていた和哉は、自分が巻き起こした事態に冷や水を浴びせかけられた心地になった。
(兄さんは僕が思っている以上に、βのままで居たかったんだ。僕が今まで兄さんにしたことをすべてを告白して僕がαだと知れたら……。兄さんはもう僕を弟としても愛してくれなくなる?)
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