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21 欲望の加速②
柚希が初めてのヒートを起こす半年ほど前から和哉は深夜になると、一階の寝室にいる他の家族に気づかれぬよう夜な夜な隣室にある柚希の部屋へ通った。
柚希に性的なアプローチをしたらΩになるなどと、半信半疑だったけれど、それを口実に少しでも柚希に触れて居たい気持ちが強まったのは、ちょうど柚希が直前に頻繁にLINEのやり取りをしていた女性が生まれたあたりだったからだ。和哉が自分の気持ちを真っ正直に告げないのが悪いのだが、だからと言って妬かないではいられない。家にいる間は柚希を独占し、変わらずに一番傍にいるのは和哉で、和哉のことが一番に大切だと思ってくれていると、そう信じて柚希に触れ自分のものであるという気持ちを味わいたかった。
柚希は寝つきが良いから一度寝たらまず起きない。
当時の柚希は専門学校二年生で課題とバイトに明け暮れて部屋に帰ると泥のように眠っていることが多かった。
ベッドの上たまに布団をはだけさせながら色気もへったくれもない高校のジャージの紺のズボンに白いスポーツメーカーのTシャツ姿で熟睡し、いつも変わらぬ様子でくぅくぅと小さな寝息を立てている。
真っ暗な中起こさないようにカーテンを薄く開くと窓から零れる明かりが適度に布団にくるまる柚希を照らしてくれる。
和哉は枕元に跪きさらさらの黒髪が額から零れ綺麗な輪郭が際立つ、しかし瞑目していると起きている時よりずっとあどけなさい兄の顔を見下ろす。
(出会ったころから変わらない……。狡いくらいに、綺麗なまんまだ)
澄み切った水のような透明感を湛える兄の白い貌と情欲にまみれ変わり果てた自分自身の姿に胸の奥が軋むように痛くなった。
「兄さん……。柚希。好きだ」
届くこともない告白を口にしながら寝台の横に膝立ちになり、片腕を柚希の顔の横につくと、覆いかぶさるように兄の少しだけ開かれた唇に自分の熱いそれを押し当てた。
小学生の頃とは違い、流石に強引に唇を奪うことはできずにいたから、久々の柔らかな感触に頭の奥が痺れるような興奮を感じて、思わず舌を差し入れると力の抜けた柚希の柔らかな舌先を舐め上げた。
すっとTシャツの中に手を差し入れたら、緊張でパジャマで拭きとるまで汗をかいていたせいかややひやっとした掌に反応して柚希が身じろぎする。
一瞬唇を僅かに離して様子を伺ったがやはり柚希は目を覚ますこともなく、あえかな声をたてた。
「んっ……」
鼻にかかったどこか甘い声に煽られ、和哉は柚希が目を覚まさぬのをいいことに子どもの頃のワンちゃんごっことは一線を確実に超えた、濃厚な口づけを繰り返す。角度を変えて何度も味わう唇は幼い頃に布団の中で奪ったそれより少しだけ小さく感じた。それは和哉自身が成長したからに他ならないだろう。
(あと少しだけ……。少しだけ……)
柚希に嫌われたくはないが、この行為がばれたらばれたで即、思いを伝えてその場で全て奪ってしまおうという威勢がむずむずと生まれたり、いやしかしどうしても嫌われたくはないからなんとか言い訳を考えねばといじいじと考える。
しかし手の中にある熱い身体をまさぐっているうちに、次第にそんなこと全てどうでもよくなってきた。
呼吸すら奪うように口を全て覆うと、苦し気に色っぽく身をよじる柚希が目が醒めそうになる。柚希が眉を寄せ、涙を浮かべて苦しそうにすると僅かに唇を離し、しかしまた覆って、兄の吐息を管理する様にぎりぎりの線を攻めて、自分が兄の全てを握っているような錯覚にぞくぞくとした快感を覚える。このまま起きてしまえばいいのにという気持ちと、まだ今は知られたくないという気持ちがせめぎ合う。
ちゅっとわざと大きめに音を立てて唇を離すと、すでに兆した股間が痛い程で、このまま布団の中に滑り込み、身体を擦り付け抑え込み、共寝をしてしまいたくて仕方がなくなる。
「柚希っ」
(愛してる、愛してる。兄さんがΩじゃなくても本当はいいんだ……。君が僕だけを特別に好きになってくれるなら、なんだっていい。僕だけを意識して、僕だけに……)
自分のモノのように名前を呼んで、頭の中で届かぬ告白をして。
顔から火が吹きそうなほど熱く昂る身体をなんとか柚希からひき離して自室に逃げ帰る。
部屋に帰ると布団の中に飛び込んでかつて浴室や着替える時など盗み見た、真っ白な柚希の艶めかしい身体を頭一杯に想像する。
先ほど実際に味わった感触や、夏場学生服の半袖シャツから覗く二の腕を後ろから抱きしめながらするりと触った時の滑らかな手触りを必死に手掛かりとして柚希の全身の素肌の味を想像しながら重たく滾るペニスに手を伸ばし、抜いたことなど数限りない。
そんなことを半年近く繰り返したのち、ついに二人きりになれるチャンスが巡ってきた。
父に出張が入り、母も学生時代の友人との旅行で出かけている時がたまたま同時に起こった時、和哉はもっと大胆な方法に打って出たのだ。
「兄さん、今日さ。母さんたちいないから、こっそりこれ飲んでみたいんだけど」
いつも通り柚希と共に台所に立ち、後ろから柚希を抱きしめて邪魔だよっと優しく小突かれたり、ややいちゃつきながら共に夕食を作り上げた時。
母秘蔵の梅酒をそっと食卓の上において和哉は目元で微笑み悪戯っぽい顔をして柚希にお願いをしてみた。
「え……。でもお前未成年だし」
ほぼ同じ目の高さから戸惑ったような顔をしている柚希に、やや目線を下げて目を垂れさせるようにあざと可愛くお願いをしてみる。
「だから兄さんに頼んでるんだよ。」
「うーん。でも大事なお前になにかあったら、敦哉さんに顔向けできなくなるし、母さんに俺が殺される」
「ちょっとだけ、一口。ね? 兄さんは沢山のんでもいいよ。俺は味見するだけだから。こっちもさ、父さんの秘蔵のやつ。この日本酒和食にあうって。こっちはちゃんと父さんに許可とって兄さんに飲ませてもいいって言われたよ。柚希は日頃から頑張ってるからご褒美って。明日バイトもないだろ?」
「なんだよ。俺をダシに使ったな? いいよ。じゃあ一口だけだよ」
なんとなく地続きのリビングの明かりをおとし気味しにしていて、ダイニングゾーンもちょっとだけ普段より薄暗い。
瑠璃色の小さな盃に日本酒を一献注げば、とろっしたように映るそれを指先を触れるようにして柚希に手渡した。
「え、いきなり飲むのか?」
「まずは味を見てみようよ。どんな感じなのか。芳醇甘口っていうらしいよ。端麗辛口のやつもあっちに置いてある」
キッチンのカウンターの上に載せられた瓶はたまに敦哉が桃乃と嗜んでいるそれだったのであくまで珍しい方の酒を好奇心から飲んでいると柚希に思わせる。まさか酒に弱い柚希を弟である和哉が適度に酔わせて泥酔させるのを狙っているとは夢にも思わないだろう。
弱いくせに意外に大胆な飲みっぷりで妖しく光る杯を柚希が綺麗な唇にあてくいっと飲み干すと、和哉は自分も半分だけ杯に口をつけた。実はこっそり父といる時に飲酒を試したことがあるから和哉は体質的に酒が飲めないわけではないのだ。
「これ、ちょっと『酒』って感じが強すぎる……」
すきっ腹に入れた酒で早くも色白の頬を染めた柚希は目元も朱が刷いたようになり、先に風呂に入らせて色っぽい濡れ髪姿で食卓に頬づえをついてしまった。端先で南瓜のてんぷらをいじいじと小さく切りながら口元にのんびりと持っていく様ですら色気が溢れて自分で飲ませたくせに和哉は気が気ではなくなった。
(弱いっ! こんなの外で飲ませられないな……)
「だよね。兄さんは甘いものが好きだから梅酒がいいよね?」
和哉は席を立つと今度はグラスに母特製の梅酒を注いで氷は少な目、しかしソーダで割って口当たりを良く作ってみた。
熱く火照ってしまった頬を冷ますように冷たいをそれをくいっと飲んだ柚希はにっこり嬉し気に和哉に微笑んできて『美味しい』と呟いてご飯も食べ進めていく。相変わらず見かけによらない食べっぷりに和哉も天ぷらや刺身等中々豪勢だが渋い料理を食べ進めていく。
「美味しいね。どれも美味しい」
「うん」
幼子のようにそんな言葉を繰り返す柚希は甘えてくれているようで本当に可愛い。柚希は敦哉ほどではないが背も高いし、実際骨格的には和哉の方がしっかりしているが、今は身長が175.6センチ程度と二人はほとんど変わらない。
柚希はバスケットの試合中などは躍動感あふれるきびきびとした動きを見せて、その様は爽やかかつ精悍だ。副キャプテンにして司令塔で、周囲によく通る大声で指示を出す。その姿は確かに女の子が憧れるのがよくわかる、少女漫画のヒーローみたいな雰囲気すらある。
だがこうして差し向いになって眠たげに指先で目元を擦る姿など、和哉にしてみたら堪らなく愛らしいと思う。
(可愛い兄さんは、僕だけのものでいいんだ)
「もっと飲む?」
促せば桃色に染まる頬でこっくりと促し、強請るようにグラスを和哉に差し出す。合間合間に酒を継ぎ足すようにお代わりさせたら、日頃学校の課題に追われる疲れも手伝い瞬く間に酔いが回る。ご機嫌な様子で『ふふっ』と微笑んで、しかしお箸を持つ手も止まってしまった。
「柚にい? 眠いの?」
「……」
「……客間、いこっか?」
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