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32 HAPPY START ②

 食事の支度を整えてくれていたが、小さなテーブルには乗り切らなかったのか、ホテルのカートを隣につけて借りたままになっている。 「すごいご馳走だな!」  弾んだ声を上げた柚希の目を一番に奪ったのは真っ白なデコレーションケーキの上に置かれた、まごうことなき柚希の勤め先謹製、人気の動物の形のドーナツだ。  プレーンドーナッツにホワイトチョコと黒ゴマチョコをコーティングした二匹の狼型の可愛いドーナッツとチョコペンで大きく書かれたプレート。そこに書かれた文字に流石に度肝を抜かれてしまった。 「『祝♡TUGAI K&Y』はああ????」 「ああ。これ、稲垣さんとか、三枝さんたちが作ってくれたんだ。さっき届いた」  こともなげに言うがそれは勤め先の店長や同僚の名前だ。どう見てもできたてほやほやにみえるそのケーキ。まだお店は開店中だろうからこの忙しい時期にどうやって届けられたのか考えるだけでも怖ろしい。 「これなに、この商品、今店頭にないでしょ? こっちのケーキだって、これベースがみかづき屋さんの三日月ショートだよね? 上に載ってるものちがくない?」    この忙しい時期に催事品ですら作らない、元々あるハスキー犬を改良した狼型のドーナツ。しかもこれは特別バージョンでデコレーション用に小さめの作りになっている。  ケーキのベース。こちらは同じ商店街のスィーツイベントなどで一緒に活動している人気洋菓子店『みかづき屋』さんのデコレーションケーキ。  互いに商店街の青年部に属している若者が多く働く店舗として、もちろん働いているもの同士の交流会も良く開かれている。  しかもイチゴに代わって三日月を模した柑橘が入っている季節もの限定バージョンで柚希の好物だが、これまた今の時期店頭にはないはずだ。しかも柚のピールと金粉までもが散らしてある熱のこもり様だ。  和哉は一目見て『柚+月』で柚希の名前と掛けているのだとわかったが、当人はそれどころではない。  三日月ショートは日頃季節の果物と共にお店のシンボルである三日月型の大きなチョコ飾りがを載せた看板商品が、今回はそれが満月に代わっていて、それをバッグに共に飾られている。ドーナッツのワンちゃんをみれば、まるで狼の番同士が仲良く鎮座ましましているようにすら見えた。 「みかづき屋さんにも喜ばれたんだよね。賭けに勝ったよって。これお礼の品々」 「か。賭け???」  よくみるとホテルの食事にしてはやや見慣れたようなものもある。  メインの料理は確かにこのホテルのものなのかもしれないが、皿に盛り付けられたピンチョスは商店街で人気のパン屋がデリバリー用に出しているものだ。商店街の名前にもなった『不思議の国のアリス』モチーフの近隣在住の人気絵師の女性が書いたラベルが愛らしい、鮮やかなイチゴのワインのボトルも置かれている。それにこのスィーツ。 「これ、あれ????? はああ?????」 「僕も知らなかったんだけどさ、商店街の青年部に人たちが柚にいが誰の番になるのかこっそり賭けられてたらしいよ? 兄さんΩ認定受けた後も事情を知らない人たちからは男女ともに意外にモテててさ……。商店街に出入りしてた広告業者の人とか、配達業者さんとか商店街の歯医者さんとか諸々さ、ライバル削ってくの大変だったけど、まあ幸いαはいなかったから、実際は晶先輩と僕の一騎打ち。僕が兄さんへの想いを先に打ち明けていた人は、みんな僕の味方になってくれたし。晶先輩にかけた人も何人かいたみたいだけどザマアミロ」  ちなみに晶にかけた人間は和哉の方に気がある女性が多数いたのだが、そのあたりは柚希には内緒のままだ。  職場の人から外堀から埋めて柚希が絆されるのを狙おうとした時期もあったのだが、タイミングを逃してしまい不本意ながら柚希は晶と付き合い始めた。  しかし柚希の入社直後から兄を心配してあれこれと連絡をしたり、お店の宣伝に力を貸してくれていた大学生の健気な弟の想いに打たれて、柚希の情報を逐一教えてくれてこっそり手を貸してくれた人たちもいた。  この度柚希の発情期が確定になって年休を伸ばすために連絡をした時に和哉が番になった報告をしたら彼らがいたくよろこんでこんなことになったのだ。 「ちょっとまった。頭がついていかない……」    義理とはいえ弟と番になったことについて、柚希自身周囲へまだ報告するには頭がまとまらないと思っていたし、もっと言えば実家への申し開きすら思いつかずにいたのに、行き成りの展開に頭が真っ白になりそうだ。   「ほら、柚希の為に作ってくれたんだよ。ありがたく頂きなよ。ホールケーキ丸々一個食べるのが子供の頃からの兄さんの夢でしょ? はい、あーん」  子どもみたいににこにこ笑顔で和哉が銀色に輝くデザートスプーンに大きめにすくわれた生クリームとスポンジを口元に運んできたから柚希は思い切り大口を開けてそれをあぐっと口いっぱいに頬張った。 「お、おいひぃ……。新鮮生クリーム、ふわふわスポンジ、ちょっと苦みと酸味の或る柚のアクセントに、この時期なのにこんなにジューシーな柑橘の爽やかさが鼻から抜けて……。舌にも腹に染みわたる……幸せだ」 「じゃ、僕にも食べさせて」  大きな身体でそんな風に甘えてくるからついつい目元がどうしても細まって、口元は緩んでしまう。 「ほら、うまいぞ」 「そこは、はい、あーんでしょ? なんかこれって、結婚式のあれみたいだね。本番はこの何倍も大きいケーキ特注しようね?」 「ごふっごふごふ」  この一瞬でそんなことまで考えていたのかと、弟の10年の恋着の重みは伊達ではないとずっしり思いつつ。 (番になる=結婚とか、俺は頭がまだついていかない。すまん和哉)  思わず横を向いてむせるが中々咳が止まらぬ柚希に和哉が大笑いしながらピッチャーから注いだ水を差しだしてくれた。  差し向って食事を端から平らげていく。甘いケーキを食べて、しょっぱい生ハムとライスコロッケのピンチョスを摘まみ、またケーキにワインと久々の食事に胃袋が驚いてひっくり返るのではないかと思うほどだが柚希は相変わらずの食べっぷりだ。食べても太らず、食べなければどんどん痩せてしまう体質だと桃乃がいうだけあって、このホテルに来てからの三日間ですっかり身体が細くなってしまった。 (まあ、何をするにも体力一番。腹が減っては気力がそがれるからな)    そんな風に考えて一度ぴしゃりと両手で自分の顔を張ると、両手を合わて「いただきます」と兄弟仲良く声をそろえた。そしてやはり思った通り。一通り食べたら腹の辺りがぽかぽかとしてすっかり身体に力が漲ってきた。 「美味かった。ご馳走様。なあ、和哉。今日ってホテルに来て何日目?」 「三日目だよ。一日目の昼にここにきて、二日目の、昨日の朝に番になって、そこからずっとその、ヒートが一日と半分続いてたから」 「そうか。俺の体感的には5日目が終わった後ぐらいの雰囲気だったけど、まだ三日か……。でも普段のヒートの終わった直後より、もっとずっと身体が軽い。……番がいるってこうも違うんだな。聞いてはいたけど、相性もあるし体質もあるからこんな極端に違うと思わなかった。これならすぐ仕事に復帰できそうだな」  うーんと伸びをして、普段通りの男っぽい怜悧な光を宿した兄の瞳をみて、和哉がゆるゆると目を眇める。  兄が普段通りの彼の風情を取り戻しかけているのが、和哉には寂しく映ったようだ。立ちあがろうとテーブルの上についた手を押しとどめられるように握られる。目が合うと和哉がまた妖し気な光を瞳に宿していた。琥珀色のその目に射すくめられると背中がぞくぞくっとして、不思議と後ろがじわっと濡れる感覚すら起こる。 「かず?」  出した自分の声が掠れつつも甘く重たいものを孕んでいて自分でも口元に手をやって驚く。それと同時に和哉が立ちあがってすぐ小さなテーブルを回り傍にたどり着いてしまう。 「柚希……。休暇はたっぷり、あと二日は取れるんだよ? そんなに簡単に外に出ていこうとしないで」 「でも……」  柚希の膝の上に載せていた方の手もとり、指を絡めるようにして両手をつなぐと兄をゆっくりと立ちあがらせる。  後頭部に手を置きゆっくりと顔を近づけながら、ぺりぺりっとガーゼをはがしていくから腰が引けると、尻を掴み上げるように乱暴に引き寄せられてすんっと首筋の匂いを嗅がれた。 「まだ、甘い香りでてるんだよ? 終わってないよ」 「でも、……もうお前にしかさ、もうこの香り効かな……」  この香りは効かないんだろう? そう言いかけて見上げた和哉の顔はまた表情を亡くし、ぞくりとするほど瞳は澄み渡り、冷たい程だ。 「か……かず、なんかお前……、怖いよ」  指先で今度は柚希の下唇を抑えるようにして口を開かせると、そんな言葉もどんな抗議も受け付けないとばかりにねっとりと舌を絡めるざわとらしいほどいやらしい口づけを番に与えてきた。徹底的に柚希の抵抗を奪うような執拗な愛撫を仕掛け、まだ発情の熾火の燻る身体を蹂躙し、尻の翳りを目掛けてまさぐり、膝で柚希の欲を摺り上げて煽る。  下着を身に着けていたが、ローブをたくし上げるようにされて直に会陰に手を伸ばされ、とろりと再び蜜が垂れる感覚に顔を真っ赤にしてぎゅっと目を瞑れば、淫蕩な嘲笑いを熱い息と共に耳元に吹きかけられた。  項の傷をわざと舌でぐりぐりと舐めとられ、痛みだけでなく腰が抜けそうに感じてしまうことも怖くて、和哉の硬い胸に必死で腕を突っ張るがびくともしない。 「かず、やめて、痛いよ」 「痛いのにこんなふうにすぐとろとろになるんだ。仕事なんていけないだろ?」 「本当に、痛いから」  痛いだけでない疼きは頭がぼうっと痺れるような感覚をもたらし、大きな波となって柚希に押し寄せる。和哉の長い指で弄ばれる蜜壺がはしたなくくちゅ、くちゃりと水音をたてる。   「……本当はずっとこのまま柚希と二人っきりでいたい。柚希を誰からも見えないところに隠してしまいたいって、僕はずっと思ってたんだよ? どのみち来年から入社予定の会社の仕事も両立する予定だから、柚希は仕事を辞めてずっと家にいて僕のことを待っていて欲しいんだ。今まで沢山の人に振りまいてきたその笑顔をさ、僕にだけ向けて欲しい。ねえ? 柚にい? だめ?」      

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