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番外編 ありがとう、おめでとう、よろしくね その3 Xmas
すぐに出せる客用の布団はないので和哉の布団で柚希と一緒に眠ることになった。
和哉の身長がぐんぐん伸びてきて、子ども用のベッドを買い替えるという話まで出たところで母が亡くなり、先に布団だけを購入したのでカーペットの上に布団を敷いて眠って、朝になったらベッドにおいてといった生活をしている。成長を見越した布団は大きなものなので二人そろって眠ってもまだ余裕があるが、和哉は別の意味で眠ることができなくなった。
(布団の中! 柚にいの匂いで溢れかえってる!! )
普通部活をしている中学一年生の男子などと言ったら汗臭いか泥臭いか埃っぽいかそんなイメージだと思うが、柚希はまるで春風か夏の海風かの如く爽やかな香りを振りまくのだ。
(別の意味で眠れなくなりそう……。なんで柚にいっていつもこんなにいい匂いしてるんだろうな)
「カズ、眠れないの?」
「……うん」
柚希があの優しく柔らかな白い手で背中を撫ぜてくれるが、その手つきの穏やかさに眠くなるはずが逆に意識をしてしまって目が冴えわたってきてしまった。
「じゃあ、なんか話でもするか」
「うん」
なんて和哉を気遣ってお兄さん風を吹かせてくる柚希が可愛い。そのままもぞもぞっと身体を寄せてこられたから、また石鹸みたいに爽やかでどこかくすぐったく甘い香りに身体がとろとろとなりそうだ。
(う、あ? なんかお腹んとこむずむずする気がする)
以前柚希が傷の手当てをしてくれた時に感じたあの疼きがまた下腹部に熱を帯びて堪り始めてしまい、和哉は戸惑った。
「でね、先生がさあ……」
柚希は学校であった話を耳に心地よい声色で話してくれるが、和哉はそれどころではない。
(これって、やっぱ、あれだよな……)
男が一人前になるのに通る、あれ。実は秋ごろから朝方たまになったりする。発育がいい和哉なのだ。
5年生の間に行われる性教育の授業は夏の移動教室前に行われる一般的な男女の性差を教えるもののほかに、第二の性であるバース性についての授業が開かれる。和哉は冬休みに入る前にちょうどそれを受けたばかりなのだ。
(男が反応する、あれ……。あれって好きな相手なら男同士でもこんなふうになるの? それとも)
その授業を聞いた日。小学生が聞くには衝撃的な内容すぎてクラスメイトはその話でもちきりになった。
大体そんな時は年上の兄弟がいる子が話の中心になって知ったかぶりの知識を披露してクラスメイトの注目を浴びるものだ。
高校生の姉のいる女の子が和哉の前にやってきてやはり知識をひけらかそうとしてきた。
「絶対和哉くんってαだよねえ。背も高いし、運動もできるし頭もいいし、すっごくかっこいいもん。王子様みたいだもの」
わらわらと賑やかなタイプの女の子たちに囲まれて騒がしいなあと内心思いながらはにかんで照れた素振りを見せていたら、最近はバスケットのおかげで仲良くなれた男子のグループも珍しく乗ってきた。
「和哉の父さんってさ、αだろ? 授業参観来た時母さんたちが噂してたぜ。すんごいイケメンだし、背も高いし、うちの父さんと大違いって」
「絶対に親がαだったら子供もなるってわけじゃないらしいけど、遺伝的な要素はあるっていうじゃない? いいなあ。αだったらΩと運命的に出会って番になってけっこーんだよ。ドラマでやってたのみたもの」
「レイメーの結城くんもαだって噂だよね~ いいなあ私がΩだった番にして欲しいよお」
「絶対違うだろ? Ωって美人が多いんだろ?」
「ひどい! 津田、ふざけんな」
大騒ぎになってきた教室の中で青空にふんわり浮かぶ丸い雲を見ながら柚希のことをすぐに和哉は思い起こしていた。
(柚にいはどっちなんだろう? 高校生になるまで分からないものなのかな? 柚にいは本当に可愛らしいし、Ωかもしれないよな? もし僕が本当にαだったら……)
どく、どくっと高鳴った、胸の鼓動が耳まで聞こえてくるようだ。
今浮かんだアイディアがもう頭の中を占めてそれしか考えられなくなりそうだ。
(柚にいを、番にしたい)
そんな風に意識をした後で、同じ布団に眠っているのだから相手を気にしないでいられるはずもない。
(ああ、眠れないのはいいけど、もしもその、あそこが大人の人みたいになっちゃったらどうしよう。兄さんにばれたりしたら……。最悪だよな。え、でも思春期には朝になると自然にそうなったりするっていうから……。もしかして柚にいも)
制服から家に帰ってきて私服に着替える時に何度も見かけた柚希の真っ白な身体に桃色の胸飾り、そして滑らかにくびれた腰。艶めかしく身体をよじりながら朝の日差しの中、吐精して頬を染める柚希の幻影が頭の中にもわっと浮かんできて、和哉は布団の中で思わずエビのように身体を丸めて前のめりになった。
「ううっ……」
「え? どうしたの? カズ?? どこかいたいの??」
「ちょ、ちょっとだけ、腹……。大分、ズキズキ痛い……」
「え、どこどこ?」
「さ、触らないで!! 痛いから!! 摩っちゃダメ、う、でる!」
「でる?? トイレいく?? ごめん。敦哉さん呼んでくる??」
「大丈夫!! 呼ばないで!! 大人しくしてれば納まると思うから!」
「そう? ごめん、俺家に帰った方がゆっくり眠れる??」
「絶対にここにいて。朝までいて」
「分かったよ」
気を静めて眠ってしまった方が楽かもだけど、でもそうしたらプレゼントを柚希が置きに来てまたサンタを信じてるふりをしなければならなくなるし、父と柚希がそれをまた大成功みたいに蔭で二人で喜び合うかもしれないのは癪だし。そして柚希はとにかくいい匂いで、「痛いの納まりますように」なんて甘い声で囁きながら、お腹を摩ってくれているのにたまに下腹部に触れそうになるぎりぎりな感じが堪らなくて……。
和哉は頭の中がショートしたようにもうあれやこれやでいっぱいになって……。
そのまま意識を失うようにして眠りについてしまったのだった。
朝日が眩しくて目が覚めたら、天使もかくやというほど光沢すら帯びた真っ白な顔に黒々と長い睫毛を伏せて、柚希が穏やかな顔つきで眠っていて、枕元には大きな緑色に赤いリボンの柄が入ったいかにもクリスマスらしいプレゼントが置かれていた。
「……きちゃったな、サンタさん」
柚希がぐっすり眠っているのを見てぱらぱらっと黒髪がちる綺麗な額や滑らかな頬に触れてみた。白い額が目前に晒されたから、和哉は乾燥でややかさついた唇を押し当てる。
「柚希……。きっと僕の為に遅くまで起きてたんだね。ごめんね」
その刺激で「んっ」っと鼻にかかった艶めかしい吐息を柚希がついたから、思わず自分の下半身を見おろすが幸いにしてそこに汚れは見当たらなかった。
代わりにやや身をよじって、んんっと伸びをして布団をもぞもぞと蹴とばしかけたから捲ってやると、柚希のライトグレーのスェットの下腹部がややテントのように張っているのを見とがめて和哉は思わず小さな声で呻いてしまった。
(ううっ、まさか……。柚にい。これって……)
あどけなくも艶っぽくもある、美しい柚希の顔を凝視しながら、本能が赴くままにそこに手を伸ばしそうになり、ためらってぎゅっと握って、ただ上に載せるだけならとか手を出したり引っ込めたりしてモゾついていたら、ぱちっと起き抜けからいきなり綺麗な柚希の瞳が開いて目が合った。
「うあああ!」
「あああ、なになになに??? カズ???」
「お、おはよう……」
柚希も少し自分の身体の異変に気がついたのか、布団の中でちょっともぞもぞしながら出ては来ず、頬を染めている感じがまた初々しくて可愛らしい。
こちらもつられて反応してしまいそうになるから、一緒に寝るのはほどほどにしなければと和哉は思った。ちょっと立って落ち着いたのか、柚希がぺたりと足をついて座ったまま枕元を確認して、それから和哉の顔を見てそれはもう愛らしく微笑んできた。
「カズ。サンタさん来たね?」
優しく微笑まれたその貌は、なんだか母の和香が乗り移ったかのような慈愛に満ちていて、ふいに……。自分ではどうしようもなく胸が震えて、和哉の瞳から涙がぽろっと零れ落ちていた。
「カズ!」
反射的に柚希は和哉を抱き寄せて、自分の胸に顔を押し当ててその背をとんとんっと優しく摩ってくれる。
「どうした? 哀しいの?」
「分からない……。なんだろう」
「思い出しちゃった? お母さんのこと」
「うん……。少し」
「俺も思い出しちゃった。父さんたまにこうして俺のこと抱き上げてさ」
和哉のことを膝に乗っけようとしてくれたが重たくて後ろ向きに寝転がってしまった柚希は、和哉を抱きしめながら吐息をついた。
「柚希はいい子だね、って言ってくれたな。あんまり覚えてないけどそれだけは覚えてる」
「……柚にいは、いい人だよ」
和哉の言葉にくっと喉を詰まらせた柚希が小さく震えたので、和哉は身を起こして自分が今度は柚希を上から抱きしめるような姿勢をとって胸の中に柚希の頭を抱き込んだ。
「ありがとう……。カズもいい子だよ。サンタさんもきっと知ってるよ。カズは頑張り屋ですごく心が優しい子だって」
少しだけ涙声に聞こえた柚希の声。真っ白な朝日に照らされた二人はそのまま父が起こしに来るまでそうして世界に二人きりでいるような、だが互いの温みだけで満たされてるようなそんな充足感に包まれてクリスマスの朝を迎えたのだった。
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