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番外編 ありがとう、おめでとう、よろしくね その9-2 Xmas

「·····起きなかったくせに。これまで起きた試しがない」  その恨みがましい唇に、なんで?と柚希は疑問が湧いたが、和哉の中では長い間柚希への片思いを募らせ拗らせていた時のあれこれの記憶が思い起こされているのだ。 「いたたっ」 「まだまだ、足りないよ。僕はね。ずっとこんなふうに二人っきりで過ごせるクリスマスを望んでたんだ。僕のこと、ちゃんとそういう目で見て欲しい」 「じゃあさ、お兄ちゃんをそういう風に扱ってみろよ?」 「兄さんのこと、口説けばいいの? いいよ。初めて会った人みたいにしてみる?」 「おいおい、初めてなのに姫抱っこ?」 「それはいいの。この体勢最高だから離したくない」 「同感!」    和哉が大きな身体を二人掛けで狭めのソファーの上で動かし、向かい合わせになるように柚希を抱えなおしたから、柚希は適度に太く筋肉質な和哉の首に腕を回して抱き着いた。すると和哉が少しだけ背を伸ばし、ちょっと余所行きの気取った笑顔で柚希の顔を覗き込んできた。その目に宿る悪戯っ子っぽい光は幼い頃の彼を彷彿とさせてそれにもまた柚希は胸がきゅんっと高鳴る。 「『おひとりですか?』」 「え? いきなり?? どういうシチュ?」 「カフェで相席っていうのにしよう。『ここ、隣。空いてますか?』」 「『ああ、はい。どうぞ。どうぞ。今荷物どかします』」    すると和哉は少し思案気な顔で口元に手を当ててから、これは幾たびこの手で女の子を落としてきたんじゃないかというような端整な微笑みを浮かべた。 「『よく公園の見えるこの窓側の席に座ってますよね? 実は以前から·····貴方のことをこの店のテラスで見かけてたんです。ページを繰る手が綺麗な人だなあと思って』」    滑かな声色は普段の聞き取りやすくワントーン上がったそれではなくて、耳に心地よい男性美に溢れた低音だ。車の中で切なく煽られたお腹の辺りに響くそれに、くらっとしながら柚希はわあわあと声を上げてたぶらかされそうな気持ちを反らした。 「うわ、急だな。これってナンパ?」 「兄さんも、ちゃんとやって。僕だけじゃ恥ずかしいだろ?」 「はいはい。ちょい、酒足して。しらふじゃちょっとね?」 「柚希」 「あーはいはい。『実は俺も、なんかたまに背が高くてすごく格好良い人通るなあって思ってました。目があったの、あれ偶然じゃなかったんですね~ 嬉しいです。お隣どうぞ~』」  柚希も負けじとにっこり目元を下げてなるたけ爽やさを演出して笑ったら、和哉が急に喉元でぐうっと唸ってから、早急な口づけをしてきたので頬をつねってから舐られた後の濡れた唇で柚希は色気なくぷはっとやる。 「ああ、びっくりしたあ。お前はナンパ中に急に相手にキスしたりするのか?」 「ごめん。これは僕からのキス。柚希の笑顔があまりに可愛すぎて、どうしてもしたくなったから」 「なんか手慣れてたよな……。お前こんなふうに女の子口説いてきたの?」  すると機嫌を損ねたのか和哉がまたあのお決まりの拗ねたような顔をしたので失言だったかと柚希は頭をぽりっとかいた。 「……女の人を口説いたことなんて一度もないよ? 僕はいつだって兄さんだけを愛してた。兄さんこそ、どんなふうにしてたのか聞いてみたいぐらいだよ」 「俺だって、その。く、口説いたことはないかも」 「そうだろうね。兄さんはいつも向こうから来るのを拒まずに受け入れるタイプだったから」  何か気に障る記憶を思い出したのか、和哉が嘆息したので悪くなった風向きを変えようと柚希もとりあえず口からぺらぺらっと話を変えようとした。 「このごっこ遊びこれから広がりあるのか? それよりちゃんと俺を俺として口説いてみろよ」 (とか何言っちゃってるんだ、俺。苦し紛れとはいえ恥ずかしいことを。うう、シャンパンの酔いが回ってる)  柚希が自分で言いだしたくせに照れてやや俯いた柚希は首筋まで赤くなっているのを和哉は確認して、そのまま項に残った番の証である噛み痕にそっと指先で触れなぞった。ぞくぞくっと背を反らして仰のいた柚希の手首を和哉が引き寄せ、すっぽりと腕の中に抱き寄せられて、強引に今度は柔らかく熱い唇と牙の切っ先を項に押し付けられた。 「あっ……。カズ。そこ……。ぞくってするからあ。だめ」  それだけでもう、達してしまいそうなほどの心地よさと、生命の根源に直接触れられ握りつぶされそうな恐怖に似た甘い悪寒が走り、つらい。  くすっと耳元で嗤われ、和哉が耳に唇が触れる程の位置で囁いてくる。 「じゃあ、柚希こそ、僕のどこが好きなのか言ってみて? 柚希に面と向かって言われたことないよ?」 「え……」  常日頃から自慢の弟と周囲に言って憚らない柚希だけれど、確かに面と向かって本人に告げたことはなかったかもしれない。 (そっか、恋人としての俺はなかなか素っ気なくて酷いやつだな。反省せねば) 「えー。じゃあ見本見せて?」 「いいよ。柚希。僕はいくらでも教えてあげられるよ?」  くいっと顎を掴まれて目元を少し弛めた甘い表情のまま完全に目線を固定されたから、自分で強請った癖に恥ずかしくとも目を反らせずに柚希は(はわわ、我が弟ながら顔が良い!)と内心慌てふためいた。 (この顔……。和哉がちょっと寂しそうな顔して甘えてこられるこの表情。弱いんだよな。俺、昔から) 「柚希のことはどこもかしこも大好きだけど……。僕が一番好きなのは白くて柔らかいこの手かな」 「手? 普通に男の手じゃないか? まあ、丈夫で荒れにくくて白いから餅みたいって、職場の人達からは羨ましがられるけど」    もう一度手を恭しく持ち上げられて、甲に頬ずりされたから暖かくも滑らかな感触に柚希はもじもじっと足先を動かしてしまう。 「初めて出会った時、怪我した僕を手当てしてくれたよね。人を癒して慰められる手だ。柔らかくて白くて嫋やかで……。今思えば母さんを亡くしたばかりの僕はたぶん自分では平気なつもりでいたけど、本当はこびりついて拭えない寂しさを見て見ぬふりをしてた。そうしないと。同じぐらい傷ついている父さんと二人この先やっていける自信がなかったから……。そんな時に傷を拭って綺麗にしてくれた柚希の手当ては、そこから浄化されて優しい温かな心映えまで染みてくる気がした。僕の心までガーゼでふわってくるんでくれたような。そんな気持ちにさせてくれた」 「カズ……」 「それから柚希の大きくて黒目がちな瞳が好き。朝、黒くて長いまつ毛がそよいでから、ぱちっと開くのを眺めて待つのがすごく好き。起き抜けから澄み渡っていて、僕の心も洗い流される心地になるんだ。それから今みたいに、じっと見つめられると堪らない気持ちにさせてくれる。僕の目は硝子玉みたいで感情が読み取りにくいって人から言われるけど、柚希の瞳はいつもしっとり潤んで気持ちを雄弁に語ってくれる。その瞳を僕にだけ向けて、僕だけを見つめ続けて欲しいってずっと思っていたよ。だから兄さんが誰かと一緒にいる時は胸の中が恋焦がれて、絶えない炎で炙られていた」    いいすがら再び指先に秀麗な美貌を見せつけるような口づけをおとされて、指の先にその情動の炎が移り灯ったようにじくっと熱く感じてしまう。  そのまま胸の奥にまで強い酒を飲みこまされたようにどきどきと動悸が止まらなくなって急に力が抜けてしまう。思わず首に腕をかけたまま、へたりと和哉の胸板に顔を埋める。そののち縋るような眼差しで上目遣いに和哉を見上げて唇をもの欲しげに僅かに開いた。   (熱い……。熱でも出たみたい。やっぱり酒のせい? あ……。俺、顏が真っ赤かもしれない) 「ほら……。そういう目。清純そうで綺麗な瞳なのに、たまにこうして濡れて艶っぽい感じが、堪らなくなるんだ」 「俺もカズの目元好きだよ。顔かたちの造作だけ見たら女の子みたいに綺麗なのに、眉は直線でキリッと上がってて、でも目元は大きくて、優しげなのが可愛い。うちの店のSNS、和哉目立てのフォロワーも沢山いるって。女の子に騒ぎ立てられるようなイケメンだよなあって惚れ惚れする」  多分顔にも出ていたのだろう、暗い室内で適度に二人だけがぽわっと照らされた空間の中で陶然としながら弟の筋肉質な胸にしなだれかかると、和哉が何故が僅かに息をのみ少し悔しそうにする。不思議に思って顔を上げたら、本当に苦し気な顔をしていたので柚希も瞳を揺らした。 「カズ? どうした?」 「柚希ってさ·····。ほんとに僕の顔好きだよね? ちょっと複雑だな」

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