61 / 80
番外編 夏祭りの約束 5-1
人波に押されるように会場を一回りしてからとりあえず柚希はじゃがバタに檸檬チューハイ、未成年の和哉はかき氷を買って、普段は神社の駐車場として使われている盆踊り会場の端に座れそうな場所をやっと探しだしていたら『一ノ瀬先輩』とかなりの大声で呼び止められた。
悪いことをしているつもりはなかったのに、無意識にばくっと心臓がなり、柚希は咄嗟に和哉の手を振り払いつつ、兄弟そろって背後を振り返った。
繋いだ手を無理やり放した時、爪が和哉の手の甲に当たってしまった手ごたえがあった。
(和哉、怒ったかな……)
流石に乱暴すぎて悪かったかなとちらりと和哉を見やれば、意外と気にするでもない様子だった。なんとなくそれはそれで寂しく感じながら、声をかけてきた若者の一群を見やると、みな和哉の方を見ながら犬っころのように気さくに駆け寄ってきた。
「やっぱり一ノ瀬先輩だあ」
身長体格様々だが一様に元気がよさそうな少年たちが数人と、そこにお花が咲いたような華やかなピンクの浴衣の華奢な少女と、白く柄が抜かれた古典的な藍色の浴衣姿のすらりと背の高い少女とが二人。片方の少女は確か、バスケ部のマネージャーだったと記憶している。他にも和哉のバスケの試合を応援に行った時に紹介された、見覚えのある顔もあった。彼らは一様に祭りの宵に浮かれたような明るい笑顔を浮かべながら次々にぺこ、ぺこりと柚希にも会釈をしてきた。
「先輩も祭り来てたんですね?」
「ああ、僕はここが地元だから。お前たちこそどうして?」
「俺がここ地元なんですよ。先輩の隣の中学なんです」
「あー。そうだったっけ?」
「ひっでー。中学ん時、対戦したことも何度もあるじゃないですか?」
柚希と和哉は高校も部活も同じだったが在籍が被ったことがない。その代わり柚希の後輩たちが和哉の先輩になって色々と面倒を見てくれていた。
柚希の仲のいい後輩に柚希の世代のエースであった佐々木晶がいたが、彼曰く和哉は晶を上回る才能の持ち主で後輩の面倒もよく見て慕われている、流石一ノ瀬先輩の弟だと褒めちぎってくれていた。
(晶が言ってたの、お世辞じゃなかったんだな。和哉の奴、本当に後輩に慕われてるみたい。人気者なんだな)
次から次へと少年達が和哉に話しかけてきては場が賑わう明るい笑い声が生まれている。そんな姿を目にすると兄として誇らしく嬉しいものだ。それから柚希は屋台で買ったものを手に人々が腰かけているのに習って玉石垣の端っこにちょこんと腰を掛けて後輩に慕われている様子の弟を笑みを浮かべて見守った。
「あ、あの……、一ノ瀬先輩」
和哉が少年たちに群がられているその後ろからちょこんと顔を出して、赤や桃色の花がついた愛らしい髪留めを耳の上あたりに止めた少女が、彼女なりに声を張って話しかけてきた。和哉に向かって頬を染めながら意を決したように胸の辺りに拳を握って、薄っすら紅が引かれた唇を緊張に震わせながら何かまだ何か言いたげだ。少女らしい恥じらいを浮かべた仕草を見れば、和哉に対する思いなど周りにいたらすぐに透けて見えるだろう。
祭りの喧騒の中ではなお、それは小さな声だったが、浴衣姿の少女の一人が少年たちを黙らせるようににらみを利かせ、彼らはみな喋るのを止めた。
「受験勉強、お忙しいと思うのですが、たまに部にお顔を出してくださると、みんなすごくやる気が出て……。喜ぶと思います」
和哉の肩下あたりまでしか背丈のない少女は、下駄をはいた片足をけんっとつま先で立ててから、くるりと足首を回し、そしてまた足をそろえる。足元の落ち着きのなさに彼女の緊張が見て取れた。
「そうなんですよ。三年生引退して、大会負けてからみんなちょっとだらだらしちゃってて……。このところすごく暑かったし。先輩が見に来てくれたら絶対気合入ると思います!」
援護射撃をしてきたのは真っ黒に日焼けした藍染の浴衣の方の少女だった。
もう一人の少女の両肩を後ろから握ってがくがく揺さぶりながら、盛り立ててくる。しかし残念ながらその勇気は空ぶってしまったようだ。
「そうか、お盆明けも夏期講習がびっしり入ってて、中々顔を出すのは難しいかな」
和哉は柚希と喋る時より落ち着いた抑揚で彼女たちに丁寧に詫びていた。
「そうですか。そうですよね……。無理を言ってすみません」
少女が切なげな顔をしてしょんぼりと首を垂れた時、花の髪飾りもしゅんと下を向きしおれたように見えて可哀想だった。
ともだちにシェアしよう!