62 / 80

番外編 夏祭りの約束 5-2

(この子、和哉の事、好きなんだろうな。何年生だろ? 学年が違うと部活に顔を出さなくなったらまるで会えなくなるし、寂しいんだろうな)  もてるわりには色事に疎い柚希にもわかるほどの好意。今までも和哉が女の子からアプローチされている場に出くわしたことは何度もあった。しかしそれはまだ子供らしいやり取りで何とも思ったことはなかったが、和哉が急に大人っぽくなったせいか、浴衣姿の少女の色香が柚希から見ても少しどきどきとするせいか、今回は妙に男女の生々しさが透かしみえて柚希を落ち着かない気分にさせる。 「じゃあ、あっちにまだ何人かバスケ部いるんで、一緒に顔見せに行ってくれませんか?」  それぐらいいでしょう? といった感じにもう一人の少女が言い募ってきた。和哉がブルーハワイのかき氷を持ったまま、兄弟である柚希にしか分からない程度の困り顔でちらりと目線を送ってきたから、柚希は檸檬チューハイのカップに入っていた氷をがりがりと口の中で食むのを止めた。 「いいよ。みんなと行っておいでよ。俺此処で適当に休んでるから」  すると裏切られたような顔をして和哉が僅かに口元をむすっとさせたから、柚希は甘い声でおねだりを忘れない。 「ついでにあっちにあった、牛串買ってきて。待ってるから。ほら小遣い」 「はあ、いいって。わかったよ」  そんな風に軽い調子でなんとなく少女が寄り添って歩く和哉を見守ったものの、賑やかな祭りの会場で背筋がピンと伸びた広い和哉の背中がどんどんと遠ざかり人ごみに見えなくなっていくのをいつまでも目で追ってしまう。和哉は背が飛びぬけて高いから、頭の形だけは結構長く探せていたが、盆踊りの櫓を回りこんでしまったら流石に見失ってしまった。  和哉が行ってしまったら、喧騒に一人身を置くのが妙に寂しい。  柚希はどんどんと氷が解け薄くなったチューハイをこくんっと飲んで石垣の上に置くと、ジャガイモの上でとろりと溶けたバターを割りばしでぐしゃりと混ぜてから口元に運んでいった。  さっきまで熱々のこれを食べることを楽しみにしていたのに、今はただ妙に味気ない。ただひたすらに口元に運んで、半分食べきってから持ち帰り用のレジ袋の中に戻してため息をつく。  櫓の周りは地元の婦人部の人たちが今年も張り切って踊りの輪を取り仕切っている。東京音頭はこちらに越してきてから何度も聞いたことがあるお決まりの楽曲だが、小気味よいお囃子もコブシの利いた伸びやかの歌声も柚希とは遠い世界の出来事みたいに何も感じない。  たまにあったあの感覚。父を失い母と共に逃げてきたこの大きな街に来たばかりのころ、柚希はもう誰からも嫌われたくないと常に笑顔を絶やさず人に親切にして、時には自分の感情を二の次にしてきた気さえする。 (和哉、あの子から告白されたら付き合うのかな……)  そんな風に考えてから自分の今までの恋愛を振り返ってみた。好意を持ってくれた女の子がいたら、いつだって好きになってくれてありがとう、大事にしよう、と付き合ってきたつもりだ。  だけど振られるのも決まって向こうの方からで、『一ノ瀬君は結局誰にでも優しくて私だけが好きなわけではない』などと言われ続けてきた。  柚希としては誠意を見せたつもりだったが、感情が伴わないように見えてしまったのだろう。   (俺、どうして……。あのαのリーマンの事は嫌だったんだろうな……。抱き着かれた時ぞわって、すごく気分が悪くなった。おかしいよな。今までだったら告白されたら即OKしてたはずなのに。どうしても嫌だった。男と番うって考えたら……。いやあんまり考えたくない。そういうのまだ、いいや)  チューハイを飲み切って仕事の疲労が増した身体を持て余すようにただひたすらぼんやりしていたら、いつの間にか近寄ってきた二人組の青年に声をかけられた。 「お兄さん、浴衣、似合ってますね。すげー綺麗!」 「今一人? なんか、寂しそうっすね」        

ともだちにシェアしよう!