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黒猫王子は狼騎士に溺愛される🎃4(ハッピーハロウィン)

本日二回目の更新。和哉視点です。  和哉は自分も狼騎士のかなり恥ずかしい仮装に着替えつつ、しかし騎士様らしく堂々と商店街に繰り出すことにした。  人生で銀髪にしたりカラーコンタクトをしたのも初めてだし、当然コスプレをしたのも初めてだ。  流石に派手なこの姿に商店街を歩くと人々の視線が一気に自分に集中するのが分かる。とはいえ大学の構内にいる時も街を歩くときも和哉は大抵人からじっと見られやすいので慣れっこといえば慣れっこだ。 「狼騎士様きた~」  小さな子供やその保護者等、前をすぐに行く手を阻まれたが、実行委員の人々がなんとなく道を開けてくれて、本部のある方へ誘導してくれる。  ちょうど柚希の勤め先のドーナツ屋の前を通ると、店頭にいた三枝が、今日のヘアスタイルのインナーカラーが紫色で、頭に悪魔の角をつけた状態で人垣の向こうから手を振ってくれた。 「やあ、和哉。あ、騎士様か。すごく似合ってるな。一ノ瀬も別人みたいだったけど兄弟して2.5次元って感じ」  和哉は苦笑しながら肩につけられた鎧のせいで若干動かしにくい腕を上げて振り返した。 「三枝さん。そこは『番』同士って言ってください」 「あ、すまん。どうも慣れなくてね。あいつ、もういつも通りに出勤してきてるし」 (いつもどおり、かあ)  番になってから和哉は片時も柚希と離れたくないと日に日に思いが募るのに、柚希の方は仕事に復帰してからなんだか嬉しそうな様子なのだ。  それが和哉にはなんだか物足りない。もっともっと兄からの関心と愛を引き出したくてたまらなくなるのだ。  流石に兄に仕事を辞めさせるまではやりすぎだとは思うし、そこまで柚希を縛り付けるのは良くないと頭では分かっている。  だが四六時中和哉のことを考えていて欲しいと思う独占欲は、手に入れてからさらに増すばかりだ。 (思えば兄さんは発情期の最後の方は仕事の心配ばかりしてたよな)  10年近く片思いだった相手が自分に振り向いてくれたというのに何を贅沢な悩みだとも思う。  しかし柚希が他の男と話をしていたり、あまつさえその男が元々柚希のことを気に入っていて可愛がっていた素振りを見せてきている相手だと今まで我慢してきた分、タガが外れやすいのだ。  今もまた、子どもたちに景品のお菓子を配る係についているはずの兄に、酒屋の若旦那がべったりと張り付き、何故か腕なんか掴まれているところを目の当りにして、和哉の中の狼が首をもたげ簡単に唸り牙を剥く。 (酒屋のあいつか。晶先輩と兄さんが付き合う前、結構頻繁に店に来るのを誘いに来てたやつだな。気に入らない) 「我が君。お菓子の列が伸びておりますよ?」  嫉妬心が募って絶対零度の声色で兄を呼ぶと、柚希は振り向きざま驚いてお菓子を取り落した。和哉が看過できないほど間近にいた男がデレデレとした様子でその菓子を拾い上げて、そのあと何やら柚希に囁いているのも気に喰わない。 (僕の番に汚い手で触れるな。馴れ馴れしいんだよ)  あの男、後でどうにかしてやる。  このまま唸り声をあげて飛び掛かる狼のように机を飛び越え、柚希との間に割って入ってしまいたくなる。   「持ち場を離れてお喋りはいけませんよ」 「は、離れてないし」  悋気に心を焦らしながらじっと柚希を見つめれば、兄は和哉の情動に呼応するように頬を染めて、熱っぽく見つめ返してきた。 (柚希、すごい色っぽい顔してる……。こんな顔、誰にも見せたくない)  こんな時、兄を誰の目にも触れない場所にそっと隠しておけないものかと本気で考えてしまう。 (僕らがもっと田舎の人里離れた土地で暮らしていたら、これほど柚希が人前に立つこともないよな。それか柚希が仕事をする時も僕がずっと傍にいる方法もありか。僕がリモートワークで家で仕事をして、柚希はお菓子作りが得意だから自宅を改装して古民家カフェなんていいかな。柚希が仕事を続けたいっていうニーズにもこたえられるし一石二鳥。そうしたら僕はカフェで柚希を眺めながらずっと仕事をする。ああでも、柚希が気になって仕事にならないかも。でも人里離れた場所だとお客さんも来ないから柚希、しょんぼりしちゃうかな。柚希を悲しませるのも本位じゃないし)  和哉はまたお得意の妄想に走ってしまったが、それにもまして兄の様子がおかしい。イラストやポスターで狼騎士の絵姿を見た時の反応は普通だったのに、今の和哉の姿に目をきらきらさせ、異常に喰いついてきている気がする。  和哉は青い目を見開いてはたと思い当たった。 (まさか、柚希、狼騎士が好きなわけ? こういう長髪の男が好みとか? なんだそれ。浮気じゃないか。柚希はいつでも僕が一番でいてくれないと)  和哉はもはや誰に妬いているのかも訳が分からない状態だ。だがまあ、自分がしている扮装なわけだからここは一つ兄が素直な顔でうっとり自分を見てくれているうちに、周りをけん制するのも良いかと考える。 「ご機嫌はいかがですか?」 「げ、元気だよ」  お菓子をむんずと掴んでいた兄の手を取ると、滑かな甲に唇を寄せる。周りの女性たちから、ぎゃあ、とも、はわわっ、ともつかぬ大きな悲鳴が上がったが和哉は見せつけるように柚希の肌に唇を這わせた。  目線を上げたら柚希はますます顔を真っ赤にして狼狽えている。  その姿が愛らしすぎて留飲を下げたが、ますます二人きりになって柚希を抱きしめ思うさま唇を奪いたい気持ちに火がついてしまった。 (昨日の夜はお祭り一日目で柚希はへとへとになって、すぐ寝てしまったから触れられなかったしなあ。今日はどうしても抱き合いたい。早くベッドを大きなものに買いなおさないと『カズ、熟睡できないからお前、下の布団で寝て』って冷たく言われるからなあ。柚希がゆっくり眠れないのは申し訳ないけど、僕としては抱きしめたまま眠りたい。本当は今週末ベッドを見に行きたかったけど。もはや通販でもいいか……)  王子を護る騎士の体を装いつつ、和哉は周りと柚希の間の壁になるように立って、お菓子を配り始めた。  自分のことを慕ってくるれる小さな子供を見るにつけ、素直に可愛いなあと思う。そしてまたぞろ、柚希への独占欲が頭をよぎる。 (あーあ。こないだの発情期で柚希を孕ませたかったなあ。後から柚希薬飲んじゃったからなあ。男のΩは発情期じゃないと妊娠することはないから、また次の機会を狙わないと。僕の子供を孕んだら、柚希もっと僕に頼ってくれるようになるかな? それとも小さな頃の僕をかまいたおしたみたいに、子供に夢中になっちゃうかな。それもちょっと、妬けるな)  と考えながらも交際期間のような時間を柚希との間に持てずに番ったので、これから甘い甘い恋人同士としての時間をもっと増やして愛を育みあいたいとも思う。  たまに柚希の方を見ると、今までよく他人から送られよく見知った『恋する人』の顔になった柚希が他の誰でもなく自分を見つめてくれる愉悦は堪らない。 「カズさん。ねえってば。あっちのフォトコーナー言ってみんなで写真撮りましょう?」  柚希の反応のばかりうつつを抜かしていたら、和哉の後ろからぞろぞろとついてきていた女子高生プリンセスの一人が和哉の腕を引っ張り気味に何か訴えてきた。 「早く~、こっちきてくださいよお」    和哉のSNSにも良く反応をくれる子だったが、特に個人的に親しくしているわけではない。あからさまな好意を向けられることには慣れていたので普段通りの愛想の良さで微笑むと、反対側からも別の女の子に腕を取られた。 「表彰式はじまる前に一緒に写真お願いします!」    和哉の胸の前で顔を突き合わせた姫二人の、あからさまな牽制のしあい。  和哉が番持ちのαであることなど見た目からわかるはずもなく、正面にいる兄の、今は襟で隠れた美しい首筋に和哉が刻んだ永遠に消えぬ痕も誰の目にも触れていない。  それが時々無性に苦しくなる。  誰の目から見ても兄が自分のものだと分かればいいのに。  そして自分の心も生涯兄に捧げていると気づかれればいいのに。  ちらりと兄に目線をやると、傷ついたような辛そうなようなそんな初めての反応を見せている。目が合うと本人も戸惑ったように目線を漂わせる。 (柚希が、妬いている? こんな子たち相手に?)  ずっと幼いころから追い求め、掴み、わが腕の中に抱きしめた兄が見せた、初めての独占欲。 (柚希安心して。僕は君以外の人にはこれっぽっちも心を動かされないんだから。でも、嬉しいよ、君がそんな瞳で俺を見つめてくれたこと、これまでなかったから。すごく、すごく……)  和哉は腹の底から湧き上がり背筋を駆けのぼるぞくり、とした感覚に浸りながら口元に込み上げてくる嗤いを押さえられなかった。  

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