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黒猫王子は狼騎士に溺愛される🎃5(ハッピーハロウィン)

コンテストの表彰式が始まった。地元のケーブルテレビやタウン誌の記者も舞台にカメラを向けている。  柚希は子どもの部のプレゼンターだったので受賞者にぴかぴかのメダルと商品券を授与する係だった。  商店街の道路を封鎖してイベントを行っているため、大体中央よりの商店街の本部にされている小さなビルの前に手作りの小さなステージを作ってある。  ドーナツ屋の支店がある女神が丘のイベントと比べたらずっと小規模だが、地元では秋の風物詩のようになっているのでかなりの人でごった返していた。 「はい。勇者様。おめでとうございます」  一位の仮装の子は今流行っているアニメの勇者様の扮装だった。受賞者に柚希がマイクを向けて『一言どうぞ』とやるコーナーでは、子供に代わって母親がこの仮装を作るにあたっての苦労話をしてくれて大いに盛り上がった。   柚希こと黒猫王子にもたまに応援の声が上がるので恥ずかしながら手を振るのにも慣れてきた。  しかしたまに下を向きそうになるのを見越したように、ステージを見に来てくれていた店の同僚たちから「おーい。王子正面向いて~」などと無責任な指示が飛ぶ。 (来年もこの仮装の話が出たら断ろう……。人の前に立つのだいぶ恥ずかしい)  10分経たずに柚希の出番は終わってステージの端っこに立ったまま、一般の部の授賞式を見守ることになった。  一般の部のプレゼンターは和哉だ。登場と同時に柚希の時とは比べ物にならないほどの声援が起る中、袖へ引っ込む柚希にすれ違いざまウィンクを飛ばしてくる。 「兄さんお疲れ様」    和哉は相変わらず見慣れないカラコン銀髪姿だけど、笑顔はいつも通り青空と秋風に良く似あう爽やかさだ。 (和哉余裕か! そうだよな。全部俺の為とは言え、お店のドーナツの宣伝とか顔出しでやってくれてるし、そりゃ慣れてるよな)  SNSを見た芸能関係者からスカウトを受けたことも何度かあるし、そのたび和哉の意向も受けて柚希が断ってきたが、意外とああいうことが向いているのではないかと思う。正直大抵の若てアイドルや俳優より、和哉の方がずっといい男だと思うのだ。  二位三位と無事に表彰が済んだのち、次は一位が舞台へ呼ばれた。受賞者は本部のテントの裏で準備をしていたからなんとなく誰が受賞したかは分かっていた。  あの七人のプリンセス軍団が受賞をして袖にいた柚希を押しのける勢いで舞台に登場していった。  ステージを見守るのも仲間や彼氏、家族の様でこれだけの人数がいたら関係者だけでもかなりの人数だ。 (さっき和哉の腕に抱き着いてた子たちか……)  自分はいい年した男だから、女子高生に嫉妬するなんて馬鹿げてる。そんな風に思い込もうとしたのに、年ごろの若い女の子たちが嬉しそうに和哉の傍に寄り添っているのを見ると、やはり大学生の和哉にとてもお似合いに見えた。 (おれの和哉なのに……)  柚希は舞台から目線を反らして会場の方を見おろした。さらに集まってきた人の中には商店街の関係者も多い。見れば酒屋の若旦那も酒蔵から借りた紺色の法被に着替えてこちらに手を振ってきた。無視するのも悪いので小さく手を振り返してみと、いやに嬉しそうな顔をされた。 (そうだった。若旦那の誤解を解かないといけないから、これが終わったらすぐに地方の地酒の試飲ブースに顔を出してこようかな。でもなんていえばいい? 恋人とは別れましたが、弟と番になりましたって。事実だけど俺の常識が疑われる……)  そんな風に考えて柚希は不意に怖ろしくなった。自分と和哉はこれまで商店街においては仲の良い兄弟で通ってきた。勿論血が繋がっていないことを知っている人の方が多いと思うが、恋人の晶の存在を知っていた人もいる。  実際に自分がしでかしたこととはいえ、柚希自身の不実ともいえる心変わりを詰る人がいるかもしれない。  それはその人の考え方だし、実際柚希も客観的に見たら自分の行いを誠実だとは言えないと思う。  だが和哉は違う。幼いころからずっと自分のことだけを想ってきてくれた和哉まで、恋人から兄を奪った恐ろしい男だと思われるのはどうかと思った。 (俺が人でなしなのは確かだし。王子様なんて柄じゃない、でも和哉のことは誰も嫌わないで欲しい)  あまり復帰してからの自分たちを取り巻く環境のことを深く考えないできたけれど、急に後ろめたい気持ちでいっぱいになってしまった。  迷いを振り切り和哉の手を取ったことを後悔したわけではない。今、幸せだとも思う。だけどまだ晶とのことは柚希の中で消化しきれておらず、そこを他人に少しでも触れられるのはまだつらい。  先ほど若旦那に聞かれた時のように、柚希は足元が覚束ないような心地になって狼狽えて、言わなくてもいいようなことまで口走ってしまうかもしれない。 (和哉のことを、どうしても手放したくなかったから、家族として繋ぎ止められないならば番になるしかないと思ったなんて。そんな本音。倫理観おかしいよな)  メルヘンチックな遊園地のオリジナルBGMがかかる中、舞台の上ではドレスの裾同士もぶつけ合いながらプリンセスたちが和哉の隣を我先にと奪い合って写真撮影タイムになっている。  埒が明かないと思ったのか、和哉に代わって実行委員の女性がマイクを持ってきてベル風黄色い衣装を着た女の子にコメントを貰いに行った。  すると彼女はここぞとばかりにとんでもないことを口にしたのだ。 「ええと! 私狼騎士様のことが大大大好きなんです! だからお付き合いできたらいいなあって思ってるんです!!! 本気です! お願いします」  祭りの喧騒がかき消されるほどの歓声がステージを取り囲んで起った。  ぎょっとした柚希が和哉の顔が良く見える位置、ステージの前側に移動をしたら、今度はシンデレラ風ドレスを着て頭にティアラを載せた女の子が負けじと言い返す。 「それなら私も狼騎士様のこと、大好きです! ドーナツ屋さんのSNSで見かけた時からずっと好きでした! 私と付き合ってください!」    いきなりの交際お願いします宣言×2ともあり、コンテストの実行委員をしているお姉さんもあきれ顔だが、周囲は寧ろ盛り上がってきてしまった。 「どっちを選ぶんだ?!」 「色男!」 「騎士様もてもて~」  などと囃し立てている中には満面の笑みで腕を振り上げている酒屋の若旦那の姿もある。柚希はあまりのことに成り行きを見守るのが馬鹿馬鹿しくなり、そしてぐっと哀しくなった。 (俺だって和哉の事、大好きだってみんなの前で言ってみたい。それで面と向かって誰からもちゃんと祝福されてみたい。……俺も和哉と年が同じくらいか下だったら、あんな風に素直に和哉に愛されたいって言えたのかな。年が上だったからずっと兄貴面して生きてきたけど、本当は、俺だって……) 「あの。いいですか?」  すると急に両側にあるスピーカーからマイクを通して和哉の声がしてきた。 「申し訳ございません、プリンセス。『狼騎士』には一生涯の忠誠と心を捧げる主がいらっしゃいます。ここにいらしてください。『黒猫王子』」  急に皆からの注目が今度は柚希こと黒猫王子に注がれてしまった。戸惑っていたら、運営をしてくれている眼鏡の女性が優しい笑顔で舞台下から柚希を手招きしてくれた。  そのまま彼女がプリンセスを一度中央からどかし、ぽっかりと丸い空間を作る。そこには狼騎士姿の和哉が自らの剣の刃を両手で捧げ持って跪き王子の登場を待っていた。 (これなんか映画とかで見たことがあるシーンだ。騎士を任命する奴だろ)   「王子、剣を私の肩へ」  和哉の前に立った柚希は彼にいわれるまま、模造とはいえそれなりに重さの或る剣の柄を握ると、慎重に狼騎士の銀髪が降りかかった肩に刃を置く。  和哉の美しい顔と逞しい体躯が引き立つ扮装でそんな風に跪かれると、何となく自分も心が引き締まってくるから不思議だ。 「騎士の叙任宣言は何でもいいのです。私は貴方の騎士です。黒猫王子のお心のままに」  跪いた騎士が青い目で熱っぽく黒猫王子を見上げてくる。芝居ではあるが、瞳の奥にある和哉の思いは本物のような気がしていた。 (叙任宣言……。って急に言われても)  戸惑って会場の方を見渡せば、急に始まったイベントのショーに皆が釘付けになって見守っている。 (な、何を言えばいいんだ。俺にアドリブを求めるな)  するとまた舞台の足元の人が来てなにやら柚希に向かって囁いている。 『狼騎士よ。私、黒猫王子をその高潔なる魂をもって、生涯護ることを誓いますか?』 (この声、アコ先生だ!)  イラストの原案者がいうことだから間違いない。これは天の助けとばかりに、柚希はその言葉を一字一句同じようになぞりながら繰り返した。 「狼騎士よ。私、黒猫王子をその高潔なる魂をもって、生涯護ることを誓いますか?」  情けないことに緊張でやや裏返り気味になったが、柚希はバスケ部時代のお応援で培った、持ち前の声量ではっきりと皆の前に宣言をした。  すると狼騎士は垂れていた首を上げ、晴々とした顔で黒猫王子を見上げて蕩けるような笑みを唇にはわした。 「我が誇りにかけまして、誓います。我が君。黒猫王子。愛おしい我が番よ」 『我が番』のところをいやに強調しながら狼騎士の和哉は立ち上がると、剣を手にしたまま呆然と立ち尽くす柚希に向かい合う。 (ええええ、和哉、勝手に設定付け加えていいのか!!)  そのまま驚きながらスマホを握りしめているプリンセスたちを横目に、柚希の短めのジャケットで余計に強調された細腰を引き寄せて抱き上げると、皆に見せつけるように頬にちゅっと音を立ててキスをしてきた。 (和哉!!!!!)  頬だったのは多分きっと、子どもたちが見ている前での和哉、最大限の配慮のつもりだったのだろう。  いたずらっぽい眼差しで柚希を惑わす騎士様はそのまま盛り上がったイベント会場の舞台の上からゆったりとした仕草で皆を一瞥すると、優雅に礼をして柚希を抱えたまま舞台袖へと引っ込んでいった。  スピーカーが周りの音まで拾ってうるさくざわついていたが、運営の女性が慌てた声でその場を閉めてくれる。 「ええと、騎士様も王子様もお帰りになられたのでこれにて表彰式は終了です。続いて当選番号の発表会にうつります」            

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