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夏休みに入る前、高校の文化祭で、3年生が伝統的におこなう模擬店「男女逆転喫茶店」を、美智生のクラスですることが決まった。女装メイド三人と、男装執事を三人決めなくてはいけなくなった。
美智生はクラスの副委員長を務めている。やや馬鹿馬鹿しく思いながらホームルームで立候補を募ると、意外にも執事はすぐに手が上がった。
「男子は? またとない経験になるぞ」
副担任の村地 が笑いながら言う。美智生は自分の左に立つ背の高い教師を、横目でちらっと見た。
「卒業アルバムに晴れ姿を載せたくないか?」
男女双方から忍び笑いが起きた。誰か立候補しろよ、先生を困らせるな。美智生は胸の内でクラスメイトに毒づいた。
美智生はこの臨時副担任に、仄かな恋心を抱いている。……と気づき、認めた。
進学クラス所属の3年生にとって、体育の授業は単位のためだけの時間潰しだ。にもかかわらず担当の村地は、美智生を含めたやる気の無い受験生男子たちが楽しめるように、いろいろ工夫してくれている。
村地の何が好きかと尋ねられたら、美智生は迷わず彼の筋肉、と答えるだろう。いやまあもちろん、それだけではないが。
5月に入り急に日射しが強くなって、グラウンドの気温が上がり過ぎた日があった。村地は急遽授業の場所を体育館に変更し、身体を解そうと言ってマット運動の準備をした。
村地は体操をしていて、高校生の頃には国体に出場したという。小学校の頃に出来た倒立前転を、今でもできるか試してみようということで、デモンストレーションをしてくれた。
美智生は、だぶついたTシャツに隠されていた村地の上腕筋が、彼の大きな身体を支えて膨らむのにどきりとした。真っ直ぐに倒立し、そのまま何でもないように美智生たちに顔を向け、言う。
「正しい姿勢で倒立する感覚をまず取り戻そう、ありがちなのが……」
村地は引き締まった尻を後ろに引いて、くの字になる。
「怖いからって腰を引くこと、これでバランスが取れる訳ない」
誰かが、先生取ってるじゃんと突っ込み、笑いが起きた。
「俺はまがりなりにも元体操選手だぞ」
美智生は村地が腕と肩でその姿勢を保つのに感心する。彼はまた天井から吊られたように身体を真っ直ぐにした。大腿部からつま先までが、ぴんと張りつめるのに見惚れた。無駄な肉のついていない身体って、綺麗なんだな。彼はゆっくり腕を折って、勢いよく、しかしほとんど音を立てず前転する。無駄ひとつ無い美しい動きだった。
その後一人ずつ同じことをやらされたが、小学生の頃のように逆立ちもできないと分かり、美智生は軽くショックを受けた。
「持っててやるから思いきり脚上げろ」
村地は美智生が振り上げた足首をしっかりと支えてくれた。
「腕の力を信じろよ……はい」
村地の声に合わせて、マットの縫い目を見つめたまま腕を思いきって曲げると、腰に手を添え、回転の勢いをつけてくれた。
その後も自宅で出来るストレッチなどを学び、皆で笑いながら一時間を過ごした。童心に帰ったようで楽しかったが、それ以上に、自分の身体に触れた村地の手の力強さが心に残った。頼りになる、大人の男の手。
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