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お腹の目立ち始めた副担任が産休を発表したのはその直後で、後任が村地だと知った時、美智生は明らかに、これまで感じたことのないときめきを覚えた。……これまで授業でだけ顔を見ていたむらちぃに、ほぼ毎日会うことになるのか。
姉たちより歳上の男にときめいているという事実への戸惑いよりも、その男と毎日顔を合わせる喜びが上回った。面倒だった副委員長の雑務は、彼を独占する絶好の機会と化す。
「樫原 は接客の仕事が合うような気がするな」
ある日、ホームルームで配るプリントを帳合しながら、村地は美智生に言った。自分は誰にでも気安い訳ではないので、美智生は驚く。
「無理だよ、クレームが続発する」
「店舗とかじゃなくってさ、大きめのお金が動く、特別感のある……銀行の融資とか、証券とか、不動産とか」
ぴんと来なくて、美智生はホッチキス片手に首を傾げる。
「きっちりして口堅そうだし……意外と水商売もいけそう」
えーっ、と言って美智生は笑った。何だろ、ホストクラブとか?
「注意、個人の感想です」
「何か無責任」
真面目に言ってるぞ、と村地は大きめの口許から白い歯を覗かせて笑う。家族からも示唆されたことのない自分の個性を見出してくれたことが、嬉しい。美智生は彼の、初夏の太陽の光を連想させる屈託ない笑顔を見て、胸がきゅっとなった。
夜、村地の逞しい腕に抱かれて眠る妄想に耽るようになるのに、そう時間はかからなかった。気温は上がるばかりなのに、美智生は肌布団をきつく身体に巻きつけて、あの肩や腕や背中を想い描き、先生、などと呟いてみる。この多幸感。ああでも……こんなことをしていると先生にバレるようなことがあれば、ドン引きされて終わりだな。美智生はそう思うと、切なくて泣きそうになるのだった。
ホームルームは膠着 した。打開策を探っている美智生を、村地が見つめているのに気づいた。いけない、ここでどきっとしたら、誰かに悟られる。
「樫原やれば?」
降って来た村地の声に、美智生はは? と返す。
「副委員長が率先しろ、女子も委員長がやるんだし」
何だって! 美智生は失語する。右から委員長の服部 由里菜 が嵩 にかかってきた。
「むらちぃ冴えてる、私も美人なみっちぃがやったらいいと思う〜」
彼女の成績にそぐわない馬鹿っぽい話し方での賛成意見に、おおっ、と拍手が起こる。美智生はあ然としたが、村地をがっかりさせたくなくて、承諾した。
「樫原がガチでやって看板娘になればいい」
その後すぐに残る二人も決まり、メイド服を着ることにちょっと心惹かれたので、受けて良かったと思うことにした。
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