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明けない夜
紺色の上着に腕を通し、テーブルの上から財布とケータイを掴んでポケットに仕舞う。
ちらっとだけこちらを振り返り、またなと言って部屋を出る。
今日が何度目かなんて、もう数えるのも止めた。
名前も歳も何も知らない。出会い系サイトの募集欄からメッセージを送ってきた年上のセフレ。
会ってただセックスをして別れる。それだけの関係だ。気持ちが伴わないセックスは、快感に溺れて只ひたすらに欲望を吐き出すだけの行為。それがいいのか悪いのかは別として、重たい十字架を背負った僕には必要だった。
次の約束はいつだっけ?
のろのろと重怠い身体を起こして、サイドテーブルのメモを見る。
あぁ、そっか。暫らく間があくんだ。
3週間程先の日付を見て少しほっとした。このところ頻繁に会いすぎていたから、時間を置きたかった。馴れ合いたくはないのだ。もう誰かを特別に想うことはしたくない。
どうせ上手くいきっこない。
あの男だってそんな事、最初から望んでいない。
それが楽で便利だから、今もこうして次があるのだ。メモを2つに畳んで財布へしまった。
ベッドへ戻り疲れた身体を横たえる。うつ伏せになってビクッとした。
乳首がシーツに擦れて思わず んっ、と声が出た。見るとそこは、散々弄られて赤く腫れていた。
あの人、何であんなにしつこいんだろう。
乳首だけじゃない。耳も脇腹も太腿の裏側も、知らなかった自分の敏感な場所を、この数ヶ月の間に覚えさせられた。お陰でここ最近は自分でも、そこを触らないと自慰すらままならなくなった。
セックスなんて、痛くて苦しいだけだったのに…
僕の望みはただ…
ぼんやりとした知識しか無かった行為は、最初の恋人によって苦痛な行為になった。ただ好きな人と身体を繋ぐ事だけが目的で、痛みも苦しみもひたすら耐えた。そうまでして愛してたのに『結婚する事にした』そう言って彼は逃げた。
結局愛してたのは僕だけで、彼にとって僕は嫌悪と憎悪の対象でしかなかったのだ。
最初に殴られた時からわかっていた。苦しそうに『お前のせいだ』『お前が悪いんだ』そう言いながら無理矢理僕の身体を拓いたんだ。
それでもいつかは…と僕が縋り続けたせいで、余計に彼を苦しませている事に気付かなかった。…いや、気付かない振りをしていた。
「ごめんなさい」
謝ってももう遅い。
彼はもう僕のところへは戻らないし、僕を赦してはくれないだろう。
だから罰を請けている。見知らぬ男に抱かれ汚され、地獄の底まで落ちてしまいたかった。
なのに…
どうしてこんな事になったのか…。
臆病風吹かせてあんなサイトで募るのではなく、路上ナンパでもすればよかったのかもしれない。
今請けている罰が、本来望むものとは違うのだけはわかっている。
僕は誰からも愛されない。
愛されちゃいけないんだから…。
灯りを消して布団へ潜る。
暗がりでじっと朝が来るのを待つだけの夜。もうずっと、眠る事も息をする事も難しい。
仄暗い水底に蹲っているようだ。
自分を捨てた恋人を想うと、いつもこんな気分になる。脳裏に浮かぶのは彼の苦しむ顔ばかり。
それに向かって「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し謝り続けながら、暫しの間気を失うように眠るのだ。
来るはずのない夜明けを待つように…
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