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第8話 戸惑う言葉 1/8

春の風が心地よくて開け放していた窓から車が停まり、ドアが開閉される音が聞こえた。 帰ってきたっ。 一気に緊張して、迎えに出るべきか、部屋にいるべきかを迷って部屋で待つことにした。 すぐに部屋はノックされて、スーツ姿の伊織さんが現れた。 「こんにちは」 「やあ、ただいま」 ここはお帰りと言うべきところだったのだろうと、指摘されたようで恥ずかしさに俯いた。 「その服はとてもよく似合うね」 「ありがとうございます」 一度顔を上げてお礼を言うと、「見立てどおりでよかった」と言った。 「見立てですか?」 「君の写真を先に見ていたからね。本当は一緒に選んでも良かったんだけど、鷹がうるさいから」 「もしかして、伊織さんが選んだんですか?」 たくさんの洋服や小物、靴、下着、寝巻き……それを伊織さんが選んだのだろうか? 「全部ではないけれど、『妻』を着飾るのは夫の甲斐性だからね。座らない?」 「え、あ、すいません。気が付かなくて……」 慌てて「どうぞ」と椅子を引き、向かいの席に自分も座った。 「生活には慣れてきた?」 「ええ……はい」 「良かった」 自然な微笑みに見とれた。スラリとした長身に品のいいダークスーツは良く似合っていて、ネクタイはここへ来るまでの間に外したのだろう、ワイシャツの首のボタンは外してあった。 おっとりとした心地よい口調と低い声。男らしいその声は女性が聞けば誰もがうっとりと聞き入ってしまうだろう。現に僕はその口調をとても気に入っていた。

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