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第8話 戸惑う言葉 2/8

「俺がもっとここに来られるといいのだけど」 とても残念そうな言葉。その表情に嘘は感じられない。 「いえ、お忙しいのでしょうから……」 「それとも、俺が来ないほうが寛げる?」 「い、いえ、そのような事は……」 来られても緊張してしまうけど、来てくれなければ嫌われることもできない。 それに、どうやって嫌われていいのかという相手の性格も分からなければ打つ手がない。 「鷹といっしょにいることの方が多いでしょう。鷹は意地悪してない?」 「い、意地悪などは……とても丁寧にご指導くださいます」 どこからが意地悪なのかは分からないけど、とても丁寧に教えてはくれる。とても厳しいけど。 「そう? 鷹は自分の仕事が進まないから早く教育係を決めろって言うんだ。俺はそんなにあせらなくていいって思ってるのに」 「教育係も伊織さんが決めるのですか?」 「まあ、『妻』を任せるのだから、他人事ではないだろう? 俺が直接でもいいんだよ。ダンスは鷹よりうまいんだから」 とても楽しそうに笑って、「昨日はダンスのレッスンがあったのだろ? 見てあげるから立って」と言って立ち上がると僕の手を引いて立ち上がらせた。 急な行動に驚く。この人、口調や雰囲気はのんびりしているのに行動が突飛している。その掴めないテンポに戸惑う。 「え、いえ、私は、全然できなくて、伊地知さんにも怒られてばかりで……」 「鷹の教え方が下手なんじゃないのか?」 笑うと壁際に置かれたオーディオのスイッチを入れた。 部屋に流れる静かなクラシック。昨日のレッスン後に「メロディーだけでも覚えろ」と渡されたものだ。

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