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僕のヒーロー side波瑠

「島崎くんが好きです」  そう言った僕に彼は言った。 「気持ち悪りぃんだよっ、二度とその面見せんなっ!」  はい…、そうですよね。  分かりきっていたから言うつもりなんてなかった。男に告られて喜ぶような人じゃない。ずっと見てたから知ってる。キミは僕とは違うし、普通にカノ女だっていたもんね。 「ごめんなさい…」  大股で去っていく背中に小さく呟いた。  嫌な思いさせてごめんなさい。  好きになってごめんなさい。  告ったりしてごめんなさい。 「うっは! 見たか、あの島崎の顔。激おこじゃん。 サクラちゃ~ん、やるねぇ。あの島崎くんを怒らせるなんて度胸あるわぁ」 「つーか、ハルたんカワイソー。振られちゃったねぇ」 「でもよかったなぁ。いい想い出になったんじゃね?」 「俺らイイ事したよな。陰キャボッチのハルちゃんに、高校最後の想い出作りさせてやったんだからさ」 「どーせ影でコソコソ見てるしか出来なかったんだろ? 俺らの“協力”のお陰でコクれたんだから、感謝しろよな」  ニヤニヤと意地の悪い顔して笑う悪魔達に、言い返す度胸もなくてごめんなさい。   「はぃ……。 ありがとう…、ございます」    振られた事よりも、怒らせた事の方がよっぽど辛い。  どうしてもっと気を付けなかったんだろう。こんな意地悪な人達に知られたら、こうなる事は分かってたのに。こんな風にイジメられるのに慣れすぎてしまったせいだ。  あの時、せっかく助けてくれたのに。僕が意気地なしのせいで、島崎くんにまでこいつ等の矛先が向いてしまった。 「ごめ…っ、ぅう…っ、ひっく…、ごえんなざぁいぃ…」  なのにまた、僕はこうやって泣くことしか出来ない。  悲しいし、悔しいし、辛いのに…。  言い返す事もやり返す事も出来ずに、蹲ってただ浸すらに嵐の過ぎ去るのを待つしか成す術がない。  酷い暴力を振るわれる訳ではない。だけど彼らの嘲りや失笑は、僕を内側からグサグサと突き刺してくる。 「あ~あ~、サクラちゃん泣いちゃったよ~」 「うぇ~ん、島崎く~ん。てか?」 「キモ…、こいつマジでホモだった」 「ハルちゃんカワイソーに。完璧嫌われちゃったもんなぁ」  ぎゃははは…、と笑われ耳を塞ぐ。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られ更に笑われる。もう死にたい。そう何度も思った。  周りをとり囲み小突かれながら、煽るように嘲笑されても抵抗する事も忘れてしまった。  まるで激流に流される木片のように、荒れ狂う水面を浮き沈みしながら流されるだけの毎日。それが僕の高校での3年間だ。 ーー やられっぱなしでいいのかよ   耳に蘇る言葉。  一度だけ、そう言って庇ってくれた。強くて優しい同級生。イジメられすぎてそれが日常になって、これが当り前と諦めた僕に『諦めるな』と言われた気がした。    だから変わろうと努力した。無抵抗でただやり過ごすだけじゃ駄目だと、極力彼らから身を隠したり、味方を作ろうと苦手な人付き合いも頑張った。  強い彼を見習おうと目で追う内に、心に芽生えた淡い恋心に少しだけ勇気を貰えた気がしてた。  けれどそんなの、あの悪魔達が放って置く訳がなかった。  『何おまえ。島崎の事好きなの?』  悪魔はどこまでも悪魔らしかった。  頼みもしないのに勝手に彼を呼び出して『コクって来いよ。じゃねぇと、学校中におまえと島崎がデキてるって噂流すぞ』そう脅された。  僕だけじゃなく、彼までそんな酷い噂の的になったらと思ったら怖くなった。絶対にそれだけは駄目だと、結局言いなりになってこの様だ。 「まぁ、今回はハルちゃんも頑張ったしなぁ。それに免じて、“佐倉波瑠はホモ”って噂だけにしといてやるよ」 「うっわ、俺ら優しすぎねぇ?」 「良かったなサクラちゃん。もしかしたらおホモダチが出来るかもねー」  そうして翌週にはもう、誰も僕に話しかけもしなくなった。  寂しかったけどほっとした。島崎くんに悪い噂が立たなくてよかった。  卒業まで残り僅かで、よかった。   心残りがあるとすれば、二度と会えなくなる前に一度でいいから、島崎くんと普通に話がしてみたかった。友達…、とまではいかなくても、せめて挨拶を交わせるくらいの知り合いにはなりたかった。  卒業までの残り僅かな限られた時間。もうその姿を目にするのも憚られて、こっそりと目で追う事もやめた。    卒業式の後、これで本当に最後だからと言い訳をして、友人と別れを惜しむ彼の背中に心の中でお別れをした。  『君のおかげで無事卒業出来ました。ありがとう島崎くん。嫌な思いさせた事、本当にごめんなさい。どうかお元気で…。さようなら』  滲む姿に背を向けて学校を後にした。  僕の高校生活は暗く悲しく辛い事ばかりだったけど、島崎夏彦くんと出会えた事だけは一生の宝物だ。  強くてカッコよくて、おっかないけど優しい同級生。  絶対に忘れない。死ぬまで忘れたりしない。  大人になって、いつかこの高校生活を振り返る時が来たら、君の事を一番に思い出すだろう。そうして誰かに聞かれたら、僕はきっとこう言うんだ。  『ヒーローに出会ったんだ』って。   ーーーそれがどうしてこうなった?  眼前に広がる光景に頭が付いていかない。息すら止まってしまったかのようだ。  今朝もまた付き纏うつもりはなかったのに、島崎くんに誤解され怒らせてしまった。申し訳無さと、これ以上嫌われたくない思いで走り去ろうとしたところ、運動不足のせいか足が縺れて転んでしまった。  その鈍臭さがまた、島崎くんの気分を更に降下させてしまったのか、首根っこを掴まれそのまま連行されていた。  朝の駅前、しかも大学までの通学路。たくさんの人の目につく場所で、僕なんかと一緒に並んでいるのは島崎くんも不本意だろうと、離れてくれるよう言葉を重ねた。  なのに……。 「あーっ、うるせぇなっ!!」  そうイライラした口調で怒鳴れて、ビクついた僕の眼前に島崎くんの顔がぐん、と近づいた。 ーーーんぇ?  温かいもので突然塞がれた唇。  憧れて恋しくて、嫌われてしまってもその姿を目が勝手に追いかけてしまうその人が、ゼロ距離の位置から徐々にフェードアウトしていく。    これは何だ?    いや、島崎くんなんだけど…。   「テメェに心配される筋合ねぇんだよ、このばーかっ」  顔を覆うようにぐるぐると巻き付けられるチャコールグレーの肌ざわりのいいマフラー。  左手にはぶかぶかの手袋を被せられ、剥き出しの右手は大きな手に掴まれた。それをコートのポケットの中に突っ込まれ、そのまま引き摺られながら歩かされている。  いったい僕に何が起きているの?  隣の気配を伺ってみる。  何やら機嫌の良さそうな空気。  今までこんなに柔らかい表情見た事ない。  だいたいいつもは怒鳴られて叱られて怒らせるばかりだった。全部僕のせいなんだけど…。  今日だって、ついさっきまでガミガミと怒られていたはずなんだけど。  「ヒッ…」  あんまり見過ぎたせいでチラリとこちらを伺った島崎くんと目が合ってしまった。    「……フン」      … きゅん …  片頬をほんの少し釣り上げて、持ち上がった唇の端に心臓を撃ち抜かれた。  今、僕の瞳はきっとハート型になっている。熱に魘されたようにポーっとする思考。浮かぶ言葉はただ一つ。 ーーー「好き……」  ポッポッと火照るマフラーの中で、小さく小さく呟いた。  

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