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第2話
「なんだよ急に。別にいないし」
言葉に詰まったのは、一瞬だったと思う。
ワックスのフタをかちゃかちゃと閉める音に、嘲るような笑い声がまじった。
「はは、いるんだ?付き合ってないの」
「だから、違うって」
「付き合ってないんじゃなくて、付き合えないのか」
小ばかにした一言に、心臓をえぐられる。そういう意味で言ったのではないとわかっているけれど、思わず顔がひきつった。
視界の端に俺をとらえ、兄の目がすっと細められる。くるりと振り向くと、ゆっくりと近づいてきた。視界が兄の影で暗くなる。15センチ以上上から、何かを企んだような瞳で見下ろされる。
「お前、けっこう奥手なんだな。口説き方でも教えてやろうか」
顔がかっと熱くなる。見上げるようににらみつけるが、どうも格好がつかない。
「必要ない。どけ」
「そういえば、もうすぐお前の誕生日じゃん。なあ」
先ほどセットしたばかりの頭を、ぐしゃぐしゃと兄に乱される。
「それまでに、彼女作れよ」
「はぁ?」
「俺だって、はじめて彼女ができたのが去年の誕生日だったんだ。お前も俺の弟なんだから、できるだろ」
「意味わからない。ていうか好きな子だっていないし」
言い訳だと思われたのか、兄は勝ち誇ったように微笑んだ。
「誰でもいいよ、相手なんか。いいな?誕生日までに絶対作れ。じゃないとお前のこと、一生下僕扱いするから」
無茶苦茶なことを言って、楽しげに俺の脇をすり抜けていった。呆然とした俺は、鏡に映るぼさぼさの自分を見ながら途方に暮れた。
ーーーあれから日は経ったが、もちろん彼女なんてできているわけがない。
ソファに寝転んだまま、俺は薄く目を閉じた。
”そもそもいんの。好きなやつとか”
”付き合ってないんじゃなくて、付き合えないのか”
心臓がじんじんと痛む。まるでゆっくりと血を流しているような。
瞳を閉じているのに、涙があふれそうだった。瞼の裏には、一人の親友の姿が浮かぶ。
ーーー巡。
その時、腹の上に置いていたスマートフォンが振動した。画面を見ると、ちょうどその親友からメッセージが届いていた。
『いまからそっち、行っていい?旅行の土産渡したいんだけど』
一気に、体中が心地よい熱を帯びる。変わらず心臓は痛み続けていたけれど、それ以上に幸せな気持ちがあふれ、痛みを超えていった。
OKの返事だけをそっけなくして、再び目を閉じる。けれど頭が冴えてしまって、何度も目を開けたり閉じたりしていた。
待っている時間がじれったくて、うずうずする。
すると再び、スマホが振動する。
『ついた』
俺はソファから飛び起きて、母親に友人が遊びにきたと告げた。
「巡くん?」
俺はこくりとうなずき、いそいそと玄関へ向かう。
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